【紅葉賀 16】源典侍騒動の後日談 源氏と頭中将の応酬

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原文

君はいと口惜しく、見つけられぬること、と思ひ臥したまへり。内侍は、あさましくおぼえければ、落ちとまれる御指貫《さしぬき》帯《おび》など、つとめてたてまつれり。

「うらみても言ふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波のなごりに

底もあらはに」とあり。面《おも》なのさまやと、見たまふも憎けれど、わりなしと思へりしもさすがにて、

あらだちし波にこころは騒がねど寄せけむ磯をいかがうらみぬ

とのみなむありける。帯は、中将のなりけり。わが御直衣《なほし》よりは色深し、と見たまふに、端袖《はたそで》もなかりけり。あやしの事どもや、下《お》り立ちて乱るる人は、むべをこがましきことは多からむと、いとど御心をさめられたまふ。

中将、宿直所《とのゐどころ》より、「これまづとぢつけさせたまへ」とて、おし包みておこせたるを、いかで取りつらむ、と心やまし。この帯をえざらましかば、と思す。その色の紙につつみて、

中絶えばかごとやおふとあやふさにはなだの帯を取りてだに見ず

とて遣りたまふ。たち返り、

「君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬる中とかこたむ

え逃れさせたまはじ」とあり。

日たけて、おのおの殿上《てんじやう》に参りたまへり。いと静かに、もの遠きさましておはするに、頭《とう》の君もいとをかしけれど、公事《おほやけごと》多く奏し下《くだ》す日にて、いとうるはしくすくよかなるを見るも、かたみにほほ笑まる。人間《ひとま》にさし寄りて、「もの隠《がく》しは懲《こ》りぬらむかし」とて、いとねたげなる後目《しりめ》なり。「などてかさしもあらむ。立ちながらかへりけむ人こそいとほしけれ。まことは、うしや世の中よ」と言ひ合はせて、「とこの山なる」と、かたみに口がたむ。

さてその後《のち》、ともすれば事のついでごとに、言ひむかふるくさはひなるを、いとど、ものむつかしき人ゆゑと、思し知るべし。女は、なほいと艶《えん》に恨みかくるを、わびしと思ひありきたまふ。中将は、妹の君にも聞こえ出でず。たださるベきをりのおどしぐさにせむ、とぞ思ひける。

やむごとなき御腹々の御子《みこ》たちだに、上の御もてなしのこよなきに、わづらはしがりて、いとことに避《さ》りきこえたまヘるを、この中将は、さらにおし消《け》たれきこえじと、はかなきことにつけても、思ひいどみきこえたまふ。この君ひとりぞ、姫君の御ひとつ腹《ばら》なりける。帝の皇子《みこ》といふばかりこそあれ、我も、同じ大臣《おとど》と聞こゆれど、御おぼえことなるが、皇女腹《みこばら》にて、またなくかしづかれたるは、何ばかり劣るべき際《きは》とおぼえたまはぬなるべし。人がらもあるべき限りととのひて、何ごともあらまほしく、足《た》らひてぞものしたまひける。この御仲《なか》どものいどみこそ、あやしかりしか。されどうるさくてなむ。

現代語訳

源氏の君は、実に口惜しくも、見つけ出されてしまったことよと思って横になっていらした。

内侍は、あきれたことと思ったので、現場に落ちたままの御指貫、帯などを翌朝お送り申し上げた。

(典侍)「うらみても…

(お恨み申したところで、何のかいもございません。お二人が立ち重ねて私のもとにいらした後、波の引くように去っていかれた、その後では)

涙川の底もあらわになってしまいました」とある。厚かましい言い方だと御覧になるにつけても憎らしかったが、昨夜、源典侍が途方に暮れたことを思うとさすがに気の毒で、

(源氏)あらだちし…

(荒立つ波のようにあなたに言い寄った頭中将がどうだろうと私の心は騒ぎませんが、波を引き寄せる磯のようにそういう男を引き寄せた貴女を、どうして恨まずにおれましょう)

とだけご返事があった。帯は中将のであった。源氏の君は、ご自分の御直衣よりは色が深いと思ってご自分の御直衣を御覧になると、端袖もなかった。

見苦しいことばかりだな、心身忘れて乱れる人は、なるほどばかげたことが多くなるのだろうと、たいそう御心をつつしまなくてはというお気持ちになられる。

中将は宿直所から、「これをまず縫い付けなさいませ」といって、件の端袖を包んでよこしたのを、源氏の君は、どうやって手に入れたのだろうと、忌々しく思われる。

もしご自分が頭中将の帯を手に入れていなかったら、どれほど忌々しかったろうかと思われる。その帯を、同じ色の紙に包んで、

(源氏)中絶えば…

(もし貴方と源典侍の仲が絶えてしまったら、私のせいだと文句を言われそうだ。それがいやなので、このは縹《はなだ》の帯は取って見ることさえせずに、そのまま返しますよ)

とてお送りになる。たち返って、

(頭)「君にかく…

(貴方にこうして帯を引き取られてしまったから、こうして女との縁が絶えてしまったのだとお恨み申します)

お逃げになることはできますまいな」とある。

日が登って、それぞれ殿上に参上なさった。源氏の君はたいそう落ち着いて、よそよそしい様子でいらっしゃるのを、頭中将もひどくおかしいが、この日は公事の奏上や宣下が多い日で、たいそうお行儀よく改まっているのを見るにつけても、お互いに微笑ましく思われる。

誰もいない時に頭中将が源氏の君に近寄って、(頭中将)「隠し事は懲りたのではないですかな」といって、ひどく忌々しそうな横目を使っている。

(源氏)「どうしてそんなことがあろうか。立ったまま女に逢えずに帰ってきた、誰かさんこそ気の毒ですよ。まったく、『辛い世の中だよ』といったところで」と言い合わせて、「とこの山なる」と、お互いに口止めをする。

さてその後、ともすれば事のついでごとに、源氏の君と頭中将の間で、この一件は言い争いの種となるが、結局のところ、ひどく厄介な老人(源典侍)のせいだと、お二人とも思い知っただろう。

女(源典侍)は依然として、たいそう色めいて恨み言を言いかけるが、源氏の君は、困ったことだと思い続けていらっしゃる。

頭中将は、妹の君(葵の上)にも打ち明けない。ただ、しかるべき時に源氏の君をおどす材料にしようと思っていた。

高貴なお生まれの御子たちさえ、源氏の君が帝からのご寵愛がなみなみでないので、面倒がって、たいそうことさらにお避け申し上げるのに、この頭中将は、まったく負けを取るまいと、ささいなことについても、張り合い申し上げるお気持ちでいらっしゃる。

左大臣の御子等の中で、この頭中将ひとりが、姫君(葵の上)と同じく、帝の妹腹であった。

源氏の君は帝の皇子ということだけは特別だが、自分も、同じ大臣とは聞こえても、帝の御おぼえ格別な左大臣の子で、内親王を母とする御子であるわけで、きわめて大切にされていることは、源氏の君と比べてもどれほども劣るような身分とも思われないらしい。

頭中将は人柄も、備わるべきものがすべて整って、何事においても理想的で、不足なくいらっしゃった。この御二人の御仲のはりあいこそ、おかしなことであるよ。しかしそんな話は煩雑にすぎるだろう…

語句

■うらみても… 「うらみ」は「浦見」と「恨み」、「かい」は「甲斐」と「貝」、「たち」は「立ち」と「太刀」をかける。波が引いた後、浦をみても貝が一つもないというイメージを、二人の貴公子が大騒ぎをして去っていった昨夜の出来事と重ねる。 ■底もあらはに 「別れての後ぞ悲しき涙川底もあらはになりぬと思へば」(新勅撰・恋四 読人しらず)。 ■面な 厚かましい。 ■あらだちし… 「波」に頭中将を。「磯」に源典侍をたとえる。 ■端袖 袖の端に接続された袖の延長にあたる部分。 ■をさめられたまふ 「られ」は自発の助動詞。 ■中絶えば… 「石川の、高麗人に、帯をとられて、からき悔する、いかんなる、いかんなる帯ぞ、縹《はなだ》の帯の、中は絶えたるか、かやるか、あやるか、中は絶えたるか」(催馬楽・石川)による。縹色は薄青色。「かごと」は不平・ぐち・恨みごとの意と、鉸《かごと》=帯の金具を掛ける。「帯」の縁語。 ■うしや世の中よ 「人言は海人の刈藻にしげくとも思はましかばよしや世の中」(古今六帖四 伊勢)。歌意は、「人は海人の刈る藻のようにあれこれうるさいが、気にしなければ世の中は快適だ」。これの結句をもじって「うしや世の中(世の中は辛いのもだ)」とした。 ■とこの山なる 「犬上の鳥籠《とこ》の山なる名取川いさと答へよわが名漏らすな」(古今・恋三・墨滅歌 読人しらず、万葉2710)による。歌意は、「犬上の鳥籠の山にある名取川。その「名取り」という言葉のように、私のことを尋ねられても「さあ」ととぼけて、私の名を漏らしてはいけない」。ここから、「口止め」の意になる。鳥籠の山は近江国の歌枕。滋賀県彦根市正法寺町(しょうぼうじちょう)の大堀山(おおぼりやま)に比定される。『日本書紀』に壬申の乱で戦場になったと記される。 ■言ひかふる 「言ひむかふ」は言い争う。 ■くさはひ 種。物事の種・材料。 

朗読・解説:左大臣光永

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