【葵 05】車争ひ 葵の上の一行が六条御息所の車に乱暴する

原文

日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出でたまへり。隙《ひま》もなう立ちわたりたるに、よそほしうひきつづきて立ちわづらふ。よき女房車《にようばうぐるま》多くて、雑々《ざふざふ》の人なき隙《ひま》を思ひ定めてみなさし退《の》けさする中に、網代《あむじろ》のすこし馴れたるが、下簾《したすだれ》のさまなどよしばめるに、いたうひき入りて、ほのかなる袖口、裳の裾《すそ》、汗袗《かざみ》など、物の色いときよらにて、ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車二つあり。「これは、さらにさやうにさし退《の》けなどすべき御車にもあらず」と、口強《くちごわ》くて手触れさせず。いづ方にも、若き者ども酔《ゑ》ひすぎ立ち騒ぎたるほどのことは、えしたためあへず。おとなおとなしき御前《ごぜん》の人々は、「かくな」などいへど、え止めあへず。

斎宮の御母御息所《みやすどころ》、もの思し乱るる慰めにもやと、忍びて出でたまへるなりけり。つれなしづくれど、おのづから見知りぬ。「さばかりにては、さな言はせそ。大将殿《だいしやうどの》をぞ豪家《がうけ》には思ひきこゆらむ」など言ふを、その御方の人もまじれれば、いとほしと見ながら、用意せむもわづらはしければ、知らず顔をつくる。つひに御車ども立てつづけつれば、副車《ひとだまひ》の奥に押しやられてものも見えず。心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたきこと限りなし。榻《しぢ》などもみな押し折られて、すずろなる車の筒《どう》にうちかけたれば、またなう人わろく、悔しう何に来つらん、と思ふにかひなし。

ものも見で帰らんとしたまへど、通り出でん隙もなきに、「事なりぬ」と言へば、さすがにつらき人の御前渡りの待たるるも心弱しや。笹の隈《くま》にだにあらねばにや、つれなく過ぎたまふにつけても、なかなか御心づくしなり。げに、常よりも好みととのへたる車どもの、我も我もと乗りこぼれたる下簾《したすだれ》の隙間どもも、さらぬ顔なれど、ほほゑみつつ後目《しりめ》にとどめたまふもあり。大殿《おほとの》のはしるければ、まめだちて渡りたまふ。御供の人々うちかしこまり、心ばへありつつ渡るを、おし消《け》たれたるありさまこよなう思さる。

影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる

と、涙のこぼるるを人の見るもはしたなけれど、目もあやなる御さま、容貌《かたち》のいとどしう、出《い》でばえを見ざらましかば、と思さる。

現代語訳

日が高くのぼってくると、姫君(葵の上)一行は、外出の準備も格式ばらない程度に車や装束を調えてご出発される。

隙間もなくそこらじゅう物見車が立っているところに、この一行は車の装束をいかめしく整えて列をなしたまま、車をなかなか立てることができずにいる。

身分の高い女性が乗っている車が多く、その中に雑人がついていない隙間を、ここと心に決めて、周囲の車を皆どかせる中に、網代車のすこし使用感があるので、下簾の様子なども風情があるのに、乗り手は奥深くに引き入っており、ほんのすこし見える袖口、裳の裾、汗袗などが、物の色がさっぱりして、意識的に目立たないようにしているようすがはっきりわかる車が二つある。

(六条御息所の供人)「これは、けしてそのように、退けられなどしてよい御車ではない」と、強く言って、車に手を触れさせない。

両方とも、若い者どもは酔いすぎて、騒いでいる時のことは、どうにも処置のしようがないのだ。

葵の上方の、年配のお供の人々は、「そんなことはするな」など言うが、とても止めることはできない。

斎宮の母である六条御息所は、源氏の君の御心をはかりかねて思い乱れていることの慰めにもなるだろうかと、こっそりと物見に出ていらしていたのだ。

六条御息所方はそしらぬふうにふるまっていたが、葵の上方からは、自然と、六条御息所の一行だと見知られることになった。

(葵の上の供人)「その程度の車に、そんなことを言わせるな。大将家(源氏)を権勢のある家だからと、威をかりるつもりだろう」など言うのを、大将家の供人もまじっているので、六条御息所を気の毒と思いながら、引き留めようとするのも面倒なので、知らぬ顔をつくる。

葵の上方は、とうとう六条御息所方に車の列を乗り入れてしまった。それで六条御息所の車は、お供の女房たちの車の奥に押しやられて、御息所は何も見えない。

憤りの思いは当然であるが、それ以上に、このように人目を忍んで出てきたことを知られることが、ひどく無念でたまらないのだ。

榻《しじ》などもみな押し折られて、どうでもいい車の轂《こしき》にうちかけてあるので、またとなく体裁が悪く、悔しく、何のために物見に来たのだろうと、思ってもどうしようもない。

六条御息所は物見もせずに帰ろうとなさるが、通り出る隙間もない。そこに「さあいらしたぞ」と言えば、さすがにつれない人が御前を通っていかれるのを待とうという気になるのも女心の弱さであるよ。

ここは歌にあるような「笹の隈(陰)」でさえないからだろうか、そっけなく通り過ぎなさるにつけても、六条御息所は、なまじちらりと拝見したがゆえにかえって、心も尽きる思いをされるのである。

なるほど、例年より趣向をこらした多くの車の、我も我もとこぼれるように乗っている下襲の隙間隙間にも、源氏の君が、そしらぬ顔ではあるが、微笑しつつ横目に目をおとめになることもある。

左大臣家の車ははっきりそれとわかるので、源氏の君はまじめくさってその御前をお通りになる。

お供の人々がかしこまって、姫君(葵の上)に敬意を表しつつ通るのを、六条御息所は、気圧されてしまったご自分の姿をひどく無様に思われる。

影をのみ…

(影をうつしただけで流れ去ってしまうみたらし川のつれなさに、わが身の不幸の程をいよいよ思い知りました)

と、涙がこぼれるのを人が見るのもばつが悪いが、まぶしいほどの源氏の君の御ようす、ご容貌がたいそう、晴れの場でいちだんとすばらしいのをもし見なかったなら、やはり心残りであったろうと思われる。

語句

■立ちわたりたるに 見物のため車を停めることを「車を立てる」という。轅をはずして、榻の上にのせる。 ■よき女房車 身分の高い女性の乗る車。 ■網代 檜や竹の細い板を格子状に編んだもので屋根と側面を覆った車。網代車。 ■下簾 車の前後の御簾の内側にかける薄絹の布。色あいや垂らし方に趣向をこらす。 ■ことさらにやされたるけはい 意識的に目立たないようにしているようす。 ■車二つ 六条御息所の車と、御息所の娘(新斎宮)の車。 ■えしたためあへず 「認める」は処置する。 ■おとなおとなしき 年配の。 ■かくな 「かくなせそ」の略。そんなことはするな。 ■さばかりにては 六条御息所ていどの車には。供人たちは源氏と左大臣家の威光をバックにして、六条御息所を低く見ている。 ■豪家 権勢のある家。 ■その御方の人もまじれれば 葵の上の御供の中に大将家(源氏)のお供の者もまじっている。 ■副車 ひとだまひ。人給。お供の女房の車。 ■かかるやつれをそれと知られぬるが 六条御息所はお忍びで出てきたことを白日のもとにさらされた。これは彼女が源氏に未練を持っていることを世間にさらすことになる。プライドの高い御息所にとっては最大級の屈辱であり耐え難いことである。 ■榻 しじ。牛をはずした時、轅を載せておく台。四足のテーブル状のもの。 ■筒 どう。牛車の車輪の中心の丸い部分。轂《こしき》。 ■事なりぬ 待っていた行事が始まったということ。 ■さすがにつらき人の… 六条御息所は大恥をかいたので源氏の姿をみずにそのまま帰ろうと思ったが、「源氏の大将がお通りになる」ときいて、やはりそのまま帰ることはできず、どうしても冷淡な恋人の姿を見ずにはいられないのである。それを作者は女心の弱さと評する。 ■笹の隈 「ささの隈檜の隈川に駒とめてしばし水かへ影をだに見む」(古今・神遊びの歌)。笹の隈(陰)、ひのくま川に馬をとめてしばらく馬に水を飲ませてください。その間、せめて貴方の姿を見ていましょう。この歌を受けて、馬もとめずに源氏が通り過ぎてしまうことをいう。 ■心ばへありつつ渡るを… 六条御息所は、源氏の供人たちが葵の上の車に敬意を表しつつ通り過ぎるのを見て、正妻たる葵の上と、一人の浮気相手にすぎない自分との圧倒的な差を見せつけられた。御息所にとってたえがたい屈辱である。 ■みたらし川 神社に参拝する際、身を浄める川。ここでは賀茂川。源氏をさす。「みたらし川」の「み」に「見」を掛ける。「影」「うき」は「川」の縁語。 ■目もあやなる御さま 輝きのあまりまともに見られないようす。 ■出でばえ 晴れの場でいちだんと見映えがすること。

朗読・解説:左大臣光永