【葵 07】源氏、車争ひの件を聞き、六条御息所を気遣う

原文

祭の日は、大殿《おほとの》は物見たまはず。大将《だいしやう》の君、かの御車の所争ひをまねびきこゆる人ありければ、いといとほしう、うしと思して、「なほ、あたら、重《おも》りかにおはする人の、ものに情《なさけ》おくれ、すくすくしきところつきたまへるあまりに、みづからはさしも思さざりけめども、かかるなからひは情かはすべきものともおぼいたらぬ御掟《おきて》に従ひて、次々よからぬ人のせさせたるならむかし。御息所は、心ばせのいと恥づかしく、よしありておはするものを、いかに思しうむじにけん」といとほしくて、参《ま》うでたまへりけれど、斎宮のまだ本《もと》の宮におはしませば、榊《さかき》の憚《はばか》りにことつけて、心やすくも対面《たいめん》したまはず。ことわりとは思しながら、「なぞや。かくかたみにそばそばしからでおはせかし」とうちつぶやかれたまふ。

現代語訳

賀茂祭の当日は、左大臣家では見物をなさらない。大将の君(源氏の君)は、あの御車の所争いをそっくりそのまま申し上げる人があったので、たいそう気の毒で、残念に思われて、「(葵の上は)やはり、惜しいことに、重々しい性格でいらっしゃる人だが、ものに情が少なく、 無愛想であるところがおありになるから、みずからはそうまでしようとは思わなかったのだろうが、こういう間柄は情の通った交際をすべきものとも考えていらっしゃらぬご気風をうけて、次々と、よからぬ物がさせたことなのだろう。御息所はご気性がたいそうこちらが恥ずかしくなるほど気高くいらして、物の道理を深くわきまえていらっしゃるのに、どんなにか嫌な思いをされたことだろう」と気の毒で、六条御息所の邸へ参られたが、斎宮(六条御息所の娘)がまだもとの六条邸にいらっしゃるので、精進潔斎して他人との接触をさけていることにことつけて、気安くは対面なさらない。源氏の君はそれを当然とは思われながら、「なぜなのか。このようにお互いに他人行儀にしないでいただきたい」とついつぶやきがお漏れになる。

語句

■祭の日 賀茂祭(葵祭)の当日。 ■いといとほしう、うしと思して 「いとほし」は六条御息所に対して。「うし」は葵の上に対して。 ■すくすくしき 無愛想であること。 ■かかるなからひ 正妻(葵の上)と妾(六条御息所)の関係。 ■よしありて 趣味や教養が高い。 ■うむじにけん 「うむず」は「倦(うみ)す」の音便。非常に嫌に思うこと。 ■本の宮 もとのすまいである六条邸。斎宮はこれから野々宮に移るところだが、今はまだもとの六条邸にいる。 ■榊の憚り 斎宮に卜定されると家の四方内外の門に榊を立てて不浄を避ける(延喜式)。

朗読・解説:左大臣光永