【賢木 01】六条御息所、伊勢下向を決心する

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原文

斎宮《さいぐう》の御下《くだ》り近うなりゆくままに、御息所《みやすどころ》もの心細く思《おも》ほす。やむごとなくわづらはしきものにおぼえたまへりし大殿《おほとの》の君も亡せたまひて後、さりともと、世人《よひと》も聞こえあつかひ、宮の内にも心ときめきせしを、その後しもかき絶え、あさましき御もてなしを見たまふに、まことにうしと思す事こそありけめと、知りはてたまひぬれば、よろづのあはれを思し棄てて、ひたみちに出で立ちたまふ。

親添ひて下りたまふ例も、ことになけれど、いと見放ちがたき御ありさまなるにことつけて、うき世を行き離れむと思すに、大将《だいしやう》の君、さすがに今はとかけ離れたまひなむも口惜しく思されて、御消息《せうそこ》ばかりは、あはれなるさまにて、たびたび通ふ。対面《たいめ》したまはんことをば、今さらにあるまじきこと、と女君も思す。人は心づきなしと思ひおきたまふこともあらむに、我はいますこし思ひ乱るることのまさるべきを、あいなしと心強く思すなるべし。

現代語訳

斎宮の伊勢ご下向が近くなりゆくにつれて、御息所はなんとなく心細く思われる。

源氏の君の身分高いご正妻であり、自分にとってはわずらわしいものと思っていらした左大臣家の姫君(葵の上)もお亡くなりになった。その後は、いくら源氏の君と御息所の関係がいくらぎくしゃくしていたといっても、今度こそ御息所の番がまわってくるだろうと、世間の人も取り沙汰申し上げ、御息所の近くお仕えする人々も期待していたのだが、その後は源氏の君の訪れはかえってまったく絶えてしまい、冷たい御扱いなのを御覧になるにつけ、御息所は、「あの御方は本当に私を嫌だと思われる事があったに違いない」と、すっかりおわかりになったので、あらゆる情を思い捨てて、一途の思いでご出発なさる。

斎宮に親がつきそって下向する先例も、とくにないのだが、斎宮がひどく見放ちずらい御様子であるのを口実に、この悲しい俗世間を遠く離れようと思わるにつけ、大将の君(源氏の君)は、さすがに今を最後と御息所が遠く離れていかれるのも残念とお思いになって、御連絡だけは、しみじみとしたようすで、たびたび取り交わされる。

しかし源氏の君と対面なさることは、今さらありえない事と女君(御息所)も思われる。「あの御方は私のことを嫌な者だと心に定めていらっしゃるに違いないのだから、もしもう一度逢えば、今よりも少し思い悩みが増えるに違いないのだから、対面することは適切でない」と、御息所は心強く思い定めていらっしゃるようだ。

語句

■斎宮 六条御息所の娘(秋好中宮)。 ■さりとも いくら源氏と御息所の関係が悪いといっても。正妻の葵の上さまが亡くなったのだから、今度こそ御息所がしっかりした相手として見られるだろうの意。 ■その後しも これから源氏の訪れが増えると思っていたのに、かえって以前にもまして足が遠のいてしまったの意。 ■まことに憂しと思す事 御息所の生霊が葵の上を取り殺したことに源氏が気づいたこと暗にさす。 ■親添ひて下りたまふ例 円融天皇の貞元ニ年(977)、斎宮規子内親王(19歳)に母徽子女王(49歳)が付き添ったのが史上唯一の例。 ■いと見放ちがたき 斎宮がまだ幼少なので母としては心配であるということを口実にして、源氏から離れるのである。 ■うき世 「世」は男女の関係。源氏とのつらい関係をさす。 ■さすがに 源氏は御息所を嫌い距離を起きながら、いざむこうが離れるとなると連絡を取る。絶妙な距離感。 ■あいなし ふさわしくない。

朗読・解説:左大臣光永

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