【賢木 02】源氏、野宮に六条御息所を訪ねる

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原文

もとの殿《との》には、あからさまに渡りたまふをりをりあれど、いたう忍びたまへば、大将《だいしやう》殿え知りたまはず。たはやすく御心にまかせて、参《ま》うでたまふべき御住み処《か》にはたあらねば、おぼつかなくて月日も隔たりぬるに、院の上、おどろおどろしき御悩みにはあらで、例ならず時々悩ませたまへば、いとど御心のいとまなけれど、つらきものに思ひはてたまひなむもいとほしく、人聞き情なくやと、思しおこして、野宮《ののみや》に参《ま》うでたまふ。九月七日ばかりなれば、むげに今日明日と思すに、女方《をむながた》心あわたたしけれど、立ちながらと、たびたび御消息《せうそこ》ありければ、いでやとは思しわづらひながら、いとあまり埋《うも》れいたきを、物越しばかりの対面《たいめ》はと、人知れず待ちきこえたまひけり。

はるけき野辺を分け入りたまふよりいとものあはれなり。秋の花みなおとろへつつ、浅茅《あさぢ》が原もかれがれなる虫の音《ね》に、松風すごく吹きあはせて、そのこととも聞きわかれぬほどに、物の音《ね》ども絶え絶え聞こえたる、いと艶《えん》なり。

陸《むつ》ましき御前《ごぜん》十余人ばかり、御随身《みずいじん》ことごとしき姿ならで、いたう忍びたまへれど、ことにひきつくろひたまへる御用意、いとめでたく見えたまへば、御供なるすき者ども、所がらさへ身にしみて思へり。御心にも、などて今まで立ちならさざりつらむと、過ぎぬる方悔しう思さる。ものはかなげなる小柴垣《こしばがき》を大垣にて、板屋どもあたりあたりいとかりそめなり。黒木の鳥居ども、さすがに神々しう見わたされて、わづらはしきけしきなるに、神官《かむづかさ》の者ども、ここかしこにうちしはぶきて、おのがどちものうち言ひたるけはひなども、ほかにはさま変りて見ゆ。火焼屋《ひたきや》かすかに光りて、人げ少なくしめじめとして、ここにもの思はしき人の、月日を隔てたまへらむほどを思しやるに、いといみじうあはれに心苦し。北の対《たい》のさるべき所に立ち隠れたまひて、御消息《せそうそこ》聞こえたまふに、遊びはみなやめて、心にくきけはひあまた聞こゆ。何くれの人づての御消息《せそうそこ》ばかりにて、みづからは対面《たいめ》したまふべきさまにもあらねば、いとものしと思して、「かうやうの歩《あり》きも、今はつきなきほどになりにてはべるを思ほし知らば、かう、注連《しめ》の外《ほか》にはもてなしたまはで。いぶせうはべることをもあきらめはべりにしがな」と、まめやかに聞こえたまへば、人々、「げに、いとかたはらいたう、立ちわづらはせたまふに、いとほしう」など、あつかひきこゆれば、「いさや、ここの人目も見苦しう、かの思さむことも若々しう、出でゐんが今さらにつつましきこと」と思すに、いとものうけれど、情なうもてなさむにもたけからねば、とかくうち嘆きやすらひて、ゐざり出でたまへる御けはひ、いと心にくし。「こなたは、簀子《すのこ》ばかりのゆるされははべりや」とて、上《のぼ》りゐたまへり。はなやかにさし出でたる夕月夜《ゆふづくよ》に、うちふるまひたまへるさま、にほひ似るものなくめでたし。月ごろのつもりを、つきづきしう聞こえたまはむもまばゆきほどになりにければ、榊《さかき》をいささか折りて持《も》たまへりけるをさし入れて、「変らぬ色をしるべにてこそ、斎垣《いがき》も越えはべりにけれ。さも心うく」と、聞こえたまへば、

神垣《かむがき》はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れるさかきぞ

と聞こえたまへば、

少女子《をとめご》があたりと思へば榊葉《さかきば》の香《か》をなつかしみとめてこそ折れ

おほかたのけはひわづらはしけれど、御簾《みす》ばかりはひき着て、長押《なげし》におしかかりてゐたまへり。

現代語訳

六条御息所は、もとの六条の邸には、かりそめにおいでになる折々はあるが、たいそうお忍びで行かれるので、大将殿(源氏の君)は、知ることがおできにならない。

一方の野宮はまた、気軽に、御心にまかせて参ることのできるような御住まいではないので、源氏の君は、気がかりではありながら月日も隔たってしまつたところ、桐壺院が、大げさなご病気ということではないが、ご気分がすぐれず時々ご病気なさっているので、源氏の君はひどく御心の休まるいとまがないが、御息所がご自分のことを冷淡なものと思って諦めてしまわれるのも気の毒で、人が聞いても自分を情知らずと思うのではないかと、御気持ちを取り直して、野宮に参られる。

九月七日ごろのことなので、伊勢下向の日ももう今日明日に迫っているにつけ、源氏の君はさしせまった御気持ちである。

女君のほうも心はせわしいが、立ったままで話をするくらいはと、たびたび源氏の君からご連絡があったので、さあどうしたものかと思い悩みながら、それではあまりに引っ込み思案がすぎるので、物越しだけでもお逢いするのであればと、御息所は源氏の君を、人知れずお待ち申し上げていた。

はるかに広がる野辺を分け入りなさると、しみじみと情感がある。秋の花はみなおとろえつつ、浅茅が原も枯れがれな中に嗄れがちに鳴く虫の声に、松風が寒々と吹きあわせて、何の音だとも聞き分けられないほど、さまざまな物の音が聞こえるのが、とてもしっとりした風情がある。

源氏の君のおそば近くお仕えする前駆が十余人だけ、身随身は仰々しい姿ではなく、ひどくお忍びでいらしゃるが、特別にお整えになったご用意は、とても美しくお見えになるので、御供にお仕えするすき者たちは、野宮という所がらからも、身にしみてしみじみと風情を感じている。

源氏の君の御心としても、どうして今まで立ち寄らなかったのだろうと、過ぎてしまった昔をくやしくお思いになる。

なんとなくはかない感じの小柴垣を外囲いにして、多くの板葺きの小屋がそこらじゅうに仮設してある。

黒木の鳥居が、それでもさすがに神々しく見渡されて、こうした色めいた訪問がはばかられるほどであるが、神官たちが、あちこちで咳ばらいをして、それぞれものを言っているけはいなども、他の場所とはようすが違って見える。

警護の役人が火をたく小屋がかすかに篝火で光って、人気が少なくしめやかで、ここに物思いがちなあの御方(六条御息所)が、月日を長くお過ごしになっていらっしゃるようすを想像なさるに、源氏の君は、たいそうひどく気の毒に心傷くお思いになる。

北の対の屋のしかるべき所にお立ち隠れになって、ご挨拶を申し上げると、管弦の音はみな止まって、奥ゆかしい気配がさまざまに伝わってくる。

何のかのと取次の女房を介したご挨拶ばかりで、御息所ご自身は対面なさるようなようすもないので、源氏の君はひどく物足りなくお思いになって、(源氏)「こうした忍び歩きも今は不都合な身の上になっております。それをお察しくださるなら、こんな、注連の外でのおもてなしはよしてください。心の中のわだかまりを、晴らしたいのでございます」と、真剣に申し上げなさると、御息所つきの女房たちは、「まったく、ひどく痛々しいご様子で立ちつくしていらっしゃいますので、気の毒で」など、取りなし申し上げるので、(御息所)「さあどうしたものか。女房たちに見られるのもばつが悪く、あの御方の思いとしても、私がここで対面すれば年甲斐もないということになろうから、出て対面するのは今さら慎まれることだ」とお思いになるにつけ、ひどく気がすすまないが、かといって冷たくあしらうおうにも、そこまで気丈にはなれないので、あれこれ嘆いてぐずぐずして、にじり出ていらっしゃるご様子は、とても奥ゆかしい。

(源氏)「こちらは、せめて簀子だけでのご対面は、お許しいただけましょうか」といって、床にあがってお座りになられる。

はなやかにさし出した夕月夜に、源氏の君のたち振る舞われるごようす、その美しさは似る者もないほどすばらしい。

ここ数ヶ月にわたるご無沙汰を、もっともらしく弁解申し上げなさるのも決まりが悪いほどになつていたので、榊を少し折ってお持ちになっているのを御簾の内にさし入れて、(源氏)「榊葉が時雨に濡れても色が変わらぬように変わらぬ私の思いをしるべに、斎垣も越えてまいりました。それなのに貴女はそんなにも冷淡で…」と、申し上げなさると、

(御息所)神垣は…

(ここの野宮の神垣はしるしの杉もないのに、どう間違えて榊葉を折ったのですか)

と申し上げなさると、

(源氏)少女子が…

(ここが少女子がいるあたりと思ったので、榊葉の香をなつかしんで、訪ねてきて、折ったのです)

源氏の君は、周囲のようすは憚られるが、御簾だけを引きかぶるようにして、長押によりかかって座っていらっしゃる。

語句

■たはやすく 野宮は神域なので色恋沙汰で訪れるなどは難しい。 ■立ちながら 立ち話をする程度の短い時間。 ■浅茅が原 「浅茅」は、背の低い茅《ちがや》。 ■かれがれなる 「枯れ枯れなる」と「嗄れ嗄れなるに」を掛ける。 ■わずらはしきけしき 野宮は神域なので、色めいた通いなどははばかられる。 ■黒木 加工しないそのままの皮のついた木。 ■火焼屋 衛士が警護のため篝火を焼く小屋。 ■北の対 正殿の北側の建物。正殿に斎宮が、北の対に御息所がいると思われる。 ■今はつきなきほどに 右大将という立場なので、以前のように自由に忍び歩きできない。 ■注連の外 建物の中に入れてもらえないこと。野宮という場所柄、こう言った。 ■いぶせうはべることを 「いぶせし」は気が滅入る。心が晴れない。 ■かたはらいたう 源氏の挙動を見ていて、女房たちが心痛く、ばつが悪く感じてしまう状態。 ■いさや 判断がつきかねている時の返事。どうしたものだろうか。 ■ここの人目 周囲の女房たちの視線。 ■かの思さむこと 娘斎宮の思惑として、と取る説も。 ■たけからねば 気丈ではないので。 ■変わらぬ色を 「ちはやぶる神垣山の榊葉は時雨に色も変らざりけり」(後撰・冬 読人しらず)。 ■斎垣も越えはべりにけれ 「ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに」(伊勢物語七十一段)。「ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今はわが名の惜しけくもなし」(拾遺・恋四 人麿)などをふまえる。 ■神垣は… 「わが庵は三輪の山もと恋しくはとぶらひ来ませ杉立てる門」(古今・雑下 読人しらず)をふまえる。三輪山の神が杉を目印にたずねてこいと言っている歌。 ■少女子が 前半に「少女子が袖ふる山の瑞垣の久しき世より思ひそめてき」(拾遺・雑恋 人麿)。後半は「榊葉の香をかぐはしみとめ来れば八十氏人ぞまどゐせりける」(拾遺・神楽歌)をふまえる。

朗読・解説:左大臣光永

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