【賢木 07】斎宮と御息所、伊勢へ出発 源氏と御息所、歌の贈答

出でたまふを待ちたてまつるとて、八省《はつしやう》に立てつづけたる、出車《いだしぐるま》どもの袖口色あひも、目馴れぬさまに心にくきけしきなれば、殿上人どもも、私の別れ惜しむ多かり。

暗う出《い》でたまひて、二条より洞院《とうゐん》の大路《おほぢ》を折れたまふほど、二条院の前なれば、大将の君いとあはれに思されて、榊にさして、

ふりすてて今日は行くとも鈴鹿《すずか》川八十瀬《やそせ》の波に袖はぬれじや

と聞こえたまへれど、いと暗うもの騒がしきほどなれば、またの日、関のあなたよりぞ御返しある。

鈴鹿川八十瀬《やそせ》の波にぬれぬれず伊勢まで誰《たれ》か思ひおこせむ

ことそぎて書きたまへるしも、御手いとよしよししくなまめきたるに、あはれなるけをすこし添へたまへらましかば、と思す。霧いたう降りて、ただならぬ朝ぼらけに、うちながめて独りごちおはす。

行く方をながめもやらむこの秋はあふさか山を霧なへだてそ

西の対にも渡りたまはで、人やりならず、ものさびしげにながめ暮らしたまふ。まして旅の空は、いかに御心づくしなること多かりけん。

現代語訳

御息所母娘がご出発するのをお待ちするということで、八省院のあたりに立てわたしている、伊勢下向のお供をする女房たちが車の御簾から袖などを出しているのだが、その袖口や色合いも、真新しいようすで、奥ゆかしい風情なので、殿上人たちも、それぞれ馴染みの女房たちとの別れを惜しむ者が多い。

御息所母娘は暗くなってからご出立になって、二条から洞院の大路を曲がりなさる時、二条院の前であるので、大将の君(源氏の君)がひどくしみじみ感じ入られて、榊に結んで、

(源氏)ふりすてて…

(私のことを、そして都をふりすてて今日ご出発なさるといっても、鈴鹿川の瀬々の波に袖が濡れるのではありませんか)

と申し上げなさると、ひどく暗くもの騒がしい時であったので、御息所は別の日に、逢坂の関の先からご返事をよこされた。

(御息所)鈴鹿川…

(鈴鹿川の瀬々の波にわが衣の袖が濡れているかいないか、はるか伊勢のことまで誰が思いおこしてくれましょう)

簡略にお書きになっているのも、御手跡がとても情緒があって優雅であるので、これに情深い感じをすこし加えたらと、源氏の君はお思いになる。

霧が降るように立ち込めて、並々の情緒ではない夜明け方に、源氏の君はぼんやりと物思いに沈んで独り言をおっしゃる。

(源氏)行く方を…

(あの御方が行く方をながめやろう。だから今年の秋は、霧よ、逢坂山を、かくしてくれるな)

西の対にもお渡りにならず、ご自分のせいでこうなったとはいいながら、ものさびしそうにぼんやり物思いに沈んで日をお暮らしになる。

それにもまして旅の空は、どれほど御心づくしの思いが多かっただろう。

語句

■八省 八省院のこと。太政官八省の建物。 ■出車 伊勢下向の女房たちの車の御簾の下から衣の袖などが出ているもの。 ■ふりすてて… 「鈴鹿川」は伊勢神宮に近い川。「八十瀬」は鈴鹿川に多くある浅瀬を言ったもの。 ■関のあなた 逢坂の関のむこう。瀬田の宿所とおもわれる。 ■ことそぎて 簡略に。 ■西の対 二条院の西の対。紫の上の住処。 ■人やりならず 御息所の伊勢下向を止められなかったことは人のせいではなく、自分のせいだと源氏は思いつめている。 ■まして旅の空は 伊勢への旅の途上にある御息所の心情を想像する。

朗読・解説:左大臣光永

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