【賢木 08】桐壺院の御病重く、帝に遺誡する

原文

院の御悩み、神無月《かむなづき》になりては、いと重くおはします。世の中に惜しみきこえぬ人なし。内裏《うち》にも思し嘆きて行幸《ぎやうがう》あり。弱き御心地にも、春宮の御ことを、かへすがへす聞こえさせたまひて、次には大将《だいしやう》の御こと、「はべりつる世に変らず、大小のことを隔てず、何ごとも御後見《うしろみ》と思せ。齢《よはひ》のほどよりは、世をまつりごたむにも、をさをさ憚《はばか》りあるまじうなむ見たまふる。必ず世の中たもつべき相《さう》ある人なり。さるによりて、わづらはしさに、親王《みこ》にもなさず、ただ人《うど》にて、朝廷《おほやけ》の御後見《うしろみ》をせさせむ、と思ひたまへしなり。その心違《たが》へさせたまふな」と、あはれなる御遺言《ゆいごん》ども多かりけれど、女のまねぶベきことにしあらねば、この片はしだにかたはらいたし。帝も、いと悲しと思して、さらに違《たが》へきこえさすまじきよしを、かへすがへす聞こえさせたまふ。御容貌《かたち》もいときよらに、ねびまさらせたまへるを、うれしく頼もしく見たてまつらせたまふ。限りあれば急ぎ帰らせたまふにも、なかなかなること多くなん。

現代語訳

桐壺院の御病気が、十月になってから、ひどく重くおなりあそばす。世の中に惜しみ申し上げない人はない。宮帝(朱雀帝)もご心配なさって行幸される。お弱りになられた御心の内にも、東宮の御事を、返す返すご依頼あそばされて、次には源氏の大将の御ことを、(桐壺院)「わが存世の時に変わらず、事の大小にかかわらず、何事も源氏の大将を御後見と思われよ。年齢のわりには、世を統治するにも、ほとんど心配がないだろうと拝見する。必ず世の中を保つにちがいない相がある人である。それだから、私は面倒が起こるのをはばかって、源氏を親王にもなさず、臣下として、朝廷の面倒役をさせよう、と思ったのである。その心を違えなさるな」と、しみじみと御心深い御遺言どもが多かったが、女の私が語り伝えるべきことではないので、ここまで書いた一部でさえ気が引ける。

帝(朱雀帝)も、とても悲しく思われて、けしてご遺言に違えることはないことを、返す返す申し上げなさる。御容貌もとても清らかで、ますますごご立派になっておられるのを、桐壺院は、うれしくも頼もしくも拝見なさる。

決まりがあることなので急いでお帰りになるにつけても、こんな短い時間のご対面では、かえってお心残りが多いことだ。

語句

■はべりつる世 桐壺院は自身が近く崩御することを前提として訓戒している。 ■をさをさ 下に否定語をともなって、ほとんど~ない。めったに~ない。まり~ない。 ■必ず世の中たもつべき相 源氏の相について高麗人が語った見立てを受ける受ける(【桐壺 11】)。 ■女のまねぶべきことにしあらねば 語り手たる作者がここで顔を出す。 ■

朗読・解説:左大臣光永