【賢木 09】東宮と源氏、桐壺院に最後の拝謁

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原文

春宮《とうぐう》も、一たびにと思しめしけれど、もの騒がしきにより、日をかへて渡らせたまへり。御年のほどよりは、大人びうつくしき御さまにて、恋しと思ひきこえさせたまひけるつもりに、何心もなくうれしと思して、見たてまつりたまふ御気色いとあはれなり。中宮は涙に沈みたまへるを、見たてまつらせたまふも、さまざま御心乱れて思しめさる。よろづのことを聞こえ知らせたまへど、いとものはかなき御ほどなれば、うしろめたく悲しと見たてまつらせたまふ。大将にも、朝廷《おほやけ》に仕うまつりたまふべき御心づかひ、この宮の御後見《うしろみ》したまふベきことを、かへすがへすのたまはす。夜更けてぞ帰らせたまふ。残る人なく仕うまつりてののしるさま、行幸《ぎやうがう》におとるけぢめなし。飽かぬほどにて帰らせたまふを、いみじう思しめす。

現代語訳

東宮も、一度に拝謁してはと思われたが、もの騒がしくなるので、日をかえてお渡りになる。

東宮は御年のわりには大人びて可愛らしい御ようすで、院を恋しいと思い申し上げるお気持ちがつもっていたのであるから、無心にうれしくお思いになって、院を拝見なさる御ようすは、とてもいじらしいのである。

院は、中宮(藤壺)が涙にお沈みになっているのを御覧あそばすにつけても、さまざまに御心乱れるお気持ちであられる。これからのことを万事、東宮にお話申しあそばされるが、東宮はとても頼りないお年頃なので、院は東宮のこれから先が心配で、悲しいこととお感じあそばされる。

源氏の大将にも、朝廷にお仕え申し上げなさるにあたってのお心遣い、東宮の御世話役をなさるべきことを、返す返す仰せつけになられる。

夜が更けてからお帰りになる。残る人もないほどお仕え申し上げて大騒ぎをするようすは、帝の行幸にも劣るものではない。

まだまだお引き止めしたいのに帰らせなさることを、院はたいそう辛くおぼしめされる。

語句

■御年のほど この時、東宮五歳。 ■中宮 藤壺中宮。桐壷院譲位の後は院とともに仙洞御所にいる。 ■返す返す 残していく人々への桐壷院の切実な思い。東宮は桐壺院の実子ではなく源氏を父親とする不義の子である。そのことに桐壺院が気づいていたかどうかは最後まで明瞭にされない。

朗読・解説:左大臣光永

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