【賢木 11】源氏、自邸に引きこもる

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原文

年かへりぬれど、世の中今めかしきことなく静かなり。まして大将殿は、ものうくて籠りゐたまへり。除目《ぢもく》のころなど、院の御時をばさらにも言はず、年ごろ劣るけぢめなくて、御門《みかど》のわたり、所なく立ちこみたりし馬車《むまくるま》うすらぎて、宿直物《とのゐもの》の袋をさをさ見えず。親しき家司《けいし》どもばかり、ことに急ぐ事なげにてあるを見たまふにも、今よりはかくこそはと思ひやられて、ものすさまじくなむ。

現代語訳

年が改まったが、世の中は華々しいことはなく静かである。まして大将殿(源氏の君)は、憂鬱なお気持ちで引きこもっていらした。

除目の頃など、院のご在中は言うにおよばず、ご退位されてからのここ数年も、ご在中に劣るところなく、源氏の君の御門のあたりに、所狭しと立て込んでいた馬や車が今は少なくなり、宿直物の袋もめったに見えない。

親しい家司たちだけが、べつだん急ぎの用もなさそうにしているのをご覧になるにつけても、この先はこのように閑散としていくのかと思いやられて、なんとなく殺風景なお気持ちになられる。

語句

■年かえへぬれど 天皇の喪に服す「諒闇」の中に年が改まる。当然、世の中には例年のような華やかさがない。 ■除目 官吏の任命式。ここでは春に行われる県召《あがためし》。地方官を任命する。中央官吏を任命する司召《つかさめし》は八月(秋)に行われる。県召と司召を総称して除目という。 ■御門のわたり 任官のための口ききをしてもらおうと、源氏の邸である二条院には多くの人が押しかけていた。しかし今や右大臣家に権力バランスが傾き、源氏は落ち目となった。なので誰も来ない。 ■宿直物の袋 宿直用の夜具などを入れる袋。 ■家司 皇族や三位以上の者の家で家の仕事を司る四位・五位の者。

朗読・解説:左大臣光永

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