【賢木 19】源氏、雲林院にこもる 紫の上と歌の贈答

原文

大将《だいしやう》の君は、宮をいと恋しう思ひきこえたまへど、あさましき御心のほどを、時々は思ひ知るさまにも見せたてまつらむと、念じつつ過ぐしたまふに、人わるくつれづれに思さるれば、秋の野も見たまひがてら、雲林院《うりんゐん》に詣《まう》でたまへり。故母御息所《こははみやすどころ》の御兄《せうと》の律師《りし》の籠りたまへる坊にて、法文《ほふもん》など読み、行ひせむと思して、二三日《ふつかみか》おはするに、あはれなること多かり。

紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見たまひて、古里《ふるさと》も忘れぬべく思さる。法師ばらの才《ざえ》あるかぎり召し出でて論議せさせて聞こしめさせたまふ。所からに、いとど世の中の常なさを思しあかしても、なほ「うき人しもぞ」と思し出でらるるおし明け方の月影に、法師ばらの閲伽《あか》たてまつるとて、からからと鳴らしつつ、菊の花、濃き薄き紅葉など、折り散らしたるもはかなげなれど、「この方の営みは、この世もつれづれならず、後の世はた頼もしげなり。さもあぢきなき身をもてなやむかな」など、思しつづけたまふ。律師《りし》のいと尊き声にて、「念仏衆生摂取不捨《ねんぶつしゆじやうせしゆふしや》」と、うちのべて行ひたまへるがいとうらやましければ、なぞやと思しなるに、まづ姫君の心にかかりて、思ひ出でられたまふぞ、いとわろき心なるや。

例ならぬ日数《ひかず》も、おぼつかなくのみ思さるれば、御文ばかりぞしげう聞こえたまふめる。

行き離れぬべしやと試みはべる道なれど、つれづれも慰めがたう、心細さまさりてなむ。聞きさしたることありて、やすらひはべるほど、いかに。

など、陸奥国紙《みちのくがみ》にうちとけ書きたまへるさヘぞめでたき。

あさぢふの露のやどりに君をおきて四方《よも》のあらしぞ静心《しづごころ》なき

などこまやかなるに、女君もうち泣きたまひぬ。御返り、白き色紙に、

風吹けばまづぞみだるる色かはるあさぢが露にかかるささがに

とのみあり。「御手はいとをかしうのみなりまさるものかな」と独りごちて、うつくしとほほ笑みたまふ。常に書きかはしたまへば、わが御手にいとよく似て、今すこしなまめかしう、女《をむんな》しきところ書き添へたまへり。何ごとにつけても、けしうはあらず生《お》ほし立てたりかし、と思ほす。

現代語訳

大将の君(源氏の君)は、東宮をとても愛しく思い申し上げなさるが、藤壺中宮のあきれるほどつれないお心のほどを、時々は思い知らせてさしあげようと、逢いたい気持ちを抑え抑え日々を過ごしていらっしゃるうちに、人目にも体裁悪いほど退屈にお思いになるので、秋の野もご覧になりがてら、雲林院にご参詣になる。

故母御息所の御兄である律師が籠もっていらっしゃる僧坊で、経文などを読み、お勤めをしようとお思いになって、二三日いらっしゃる間に、しみじみと心にしみることが多かった。

紅葉がこらじゅうでしだいにそ色づいてきて、秋の野のとても優美なさまをご覧になって、都のお住まいも忘れてしまいそうにお思いになる。

法師たちのうち学識ある者を召し出して御前で法論をさせてお聞きになる。

場所が場所であるだけに、世の中のひどく無常であることを一晩中お思いになるが、それでもやはり「憂き人しもぞ」と、あのつれない方(藤壺)のことが自然思い出される、明け方の月の光に照らされて、法師たちが仏さまにお供えする水を差し上げるということで、盃をからからと鳴らしつつ、菊の花、紅葉の濃いのや薄いのなど、折り散らしているのも、はかない感じであるが、源氏の君は「ここでの営みは、この世を過ごすにも無聊がまぎれ、後世においても往生のたすけとなりそうだ。それに引きかえ私ときたら、つまらないわが身ひとつを持て余していることよ」など、思いつづけなさる。

律師がとても尊い声で「念仏衆生摂取不捨」と声をひきのばして読経なさるのが、とてもうらやましかったので、源氏の君は、どうして私ははやく出家してしまわないのかとお考えになってみると、まっさきに姫君(紫の上)が心にかかって、自然と思い出されなさるのは、ひどく往生のさまたげとなる、凡夫の心であることよ。

いつになく姫君と離れてお過ごしになる日数も、心細くばかりお思いになるので、御手紙だけはたびたびおお送り申し上げなさる。

(源氏)世を棄ててしまえるだろうかと試みておりますところですが、無聊もなぐさめがたく、心細さがまさっております。最後まで聞いていないところもあるので、私はもうしばらくここに留まっておりますが、その間貴女はいかがお過ごしですか。

など、陸奥国紙にくつろいでお書きになっているのさえ、見事な御手跡であられる。

(源氏)あさぢふの…

(浅茅生い茂る野の露のような心細い宿に貴女を置いて、四方から吹き付ける嵐をきくにつけ、貴女がどうしていらっしゃるか心配で落ち着きません)

など細やかな御心遣いでお書きになっているのをご覧になって、女君もお泣きになる。御返り、白い色紙に、

(紫の上)風吹けば…

(浅茅生える野にある、露まみれの蜘蛛の巣は、風が吹くとすぐに乱れてようすが変わります。移り気なあなたを頼む私は、とても心細いです)

とだけある。(源氏)「御手跡はとても美しくばかり成長なさったものだな」と独り言をつぶやかれて、可愛らしいと微笑なさる。

いつも御文を書き交わしなさっているので、姫君のご手跡はご自身のそれととてもよく似て、それにもう少し優美で、女らしいところを書き添えなさっている。

万事、悪くはなく、理想通りに育て上げたものよと、源氏の君はお思いになる。

語句

■宮 東宮。母宮=藤壺中宮とする説も。 ■雲林院 京都市北区紫野にあった天台宗の寺院。もと淳和天皇の離宮を、仁明天皇の皇子常康親王が住んだのを、さらに後、僧正遍照が寺院とした。桜の名所として知られました。『大鏡』冒頭に舞台づけられていることで有名。現在の雲林院は江戸時代の宝永4年(1707)、大徳寺の塔頭として建てられたもの。 ■律師 僧正、僧都につぐ僧侶の位。 ■秋の野 「秋の野になまめき立てる女郎花あなかしがまし花も一時」(古今・雑躰・俳諧歌 僧正遍昭)。 ■古里 洛中のわが家=二条院。紫野は一条より北であり洛外である。 ■論議 経文の解釈について議論させること。 ■うき人しもぞ 「天の戸をおしあけ方の月見れば憂き人しもぞ恋かりける」(新古今・恋四 読人しらず)を引く。ここでは「憂き人」が藤壺。 ■おし明け方の月影に これも前述の歌より導く。 ■念仏衆生摂取不捨 『観無量寿経』の一節。阿弥陀如来は念仏する衆生を一人残らず救い、誰も見捨てないの意。 ■わろき心 俗世に執着するのは罪であり往生のさまたげになるという思想から。 ■道 上の「行き離れぬべしや」の縁語で「道」といった。 ■聞きさしたること 「さす」は~の途中である。源氏は仏教の教えの気になった部分について僧に質問している途中だが、疑問がまだ解決できていないのだろう。 ■いかに 下に「過ぐしたまふ」など省略。 ■陸奥国紙 陸奥産の白い紙。恋文などに用いず実用上の手紙に使う。 ■白き色紙に 源氏が用いた陸奥紙と同じ色。やはり恋文でなく、愛しい家族に当てた消息文の感がある。 ■風吹けば…  「色かはる」は浅茅が色褪せる意と、心移りするの意を縣ける。「ささがに」は蜘蛛の枕詞。ここでは蜘蛛の糸。源氏の移り気であることを思い、自身の頼りない身を嘆いている。

朗読・解説:左大臣光永