【賢木 26】桐壺院の一周忌 源氏と藤壺、歌の贈答

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原文

中宮は、院の御はての事にうちつづき、御八講《みはこう》のいそぎを、さまざまに心づかひせさせたまひけり。霜月《しもつき》の朔日《ついたち》ごろ、御国忌《こき》なるに、雪いたう降りたり。大将殿より宮に聞こえたまふ。

別れにしけふは来《く》れども見し人にゆきあふほどをいつとたのまん

いづこにも、今日はもの悲しう思さるるほどにて、御返りあり。

ながらふるほどはうけれどゆきめぐり今日はその世にあふ心地して

ことにつくろひてもあらぬ御書きざまなれど、あてにけだかきは思ひなしなるべし。筋変り今めかしうはあらねど、人にはことに書かせたまへり。今日はこの御ことも思ひ消《け》ちて、あはれなる雪の雫《しづく》に濡れ濡れ行ひたまふ。

現代語訳

藤壺中宮は、故院の一周忌の法事のことにひきつづいて、御八講《みはこう》の準備を、さまざまに心配りなされた。霜月のはじめ頃、御国忌《みこき》の日であるが、雪がひどく降った。大将殿(源氏の君)から中宮に文をおよこしになる。

(源氏)別れにし…

(故院とお別れ申した今日という日が来ましたが、故院にもう一度お逢いできるのはいつと頼みにすればよいのでしょうか)

どなたであっても、今日は何となく悲しく思わずにはいられない日で、御返事がある。

(藤壺)ながらふる…

(この世に生きながらえている間は辛いですが、今日は行き巡って、故院御在世中の御代にお逢いするような気持ちがいたします)

別段、取りつくろってもいない御書きざまであるが、優雅で気高く拝されるのは、源氏の君の思いこみのせいだろう。

御手跡は一般的なものとは違い、今風ではないが、他の人より優れたふうにお書きになっている。源氏の君は、今日は中宮に対する御恋慕も忘れ去って、しみじみと心にしみる雪の雫に濡れ濡れ、仏事のお勤めをなさる。

語句

■御はて 服喪期間の終わり。ここでは桐壺院一周忌の法要をさす。 ■御八講 法華八講会。『法華経』全八巻を、四日間、八回にわたって講釈する。 ■いそぎ 準備。 ■御国忌 帝の命日。 ■別れにし… 「見し人」は故桐壺院。「ゆき」は「雪」と「行き」をかける。「別れにし」と「ゆきあふ」が対応。来世での桐壷院との再会できる時期がわからないもどかしさを歌う。 ■ながらふる… 源氏の歌を受けて「ゆき」に「行き」と「雪」をかけ、「ながらふる」に雪が「降る」をふくむ。 ■思ひなし そうであろうと思い込むこと。気のせい。気のせい。源氏は藤壺に恋慕しているため、藤壺の文字すらも素晴らしいものに見えてくるのである。 ■この御こと 源氏の藤壺に対する深い恋慕。

朗読・解説:左大臣光永

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