【賢木 27】法華八講の最終日、藤壺、出家する

原文

十二月十余日ばかり、中宮の御八講《みはかう》なり。いみじう尊し。日々に供養せさせたまふ御経よりはじめ、玉の軸《ぢく》、羅《ら》の表紙、帙簀《ぢす》の飾りも、世になきさまにととのへさせたまへり。さらぬ事のきよらだに、世の常ならずおはしませば、ましてことわりなり。仏の御飾り、花|机《づくゑ》の覆ひなどまで、まことの極楽思ひやらる。初《はじめ》の日は先帝《せんだい》の御科、次の日には母后《ははきさき》の御ため、またの日は院の御科、五巻の日なれば、上達部なども、世のつつましさをえしも憚《はばか》りたまはで、いとあまた参りたまへり。今日の講師《かうじ》は、心ことにえらせたまへれば、薪《たきぎ》こるほどよりうちはじめ、同じういふ言の葉も、いみじう尊し。親王《みこ》たちもさまざまの捧物《ほうもち》ささげてめぐりたまふに、大将殿の御用意など、なほ似るものなし。常に同じことのやうなれど、見たてまつるたびごとに、めづらしからむをばいかがはせむ。

最終《はて》の日、わが御ことを結願《けちぐわん》にて、世を背きたまふよし仏に申させたまふに、みな人々驚きたまひぬ。兵部卿宮、大将の御心も動きて。あさましと思す。親王《みこ》は、なかばのほどに、立ちて入りたまひぬ。心強う思し立つさまをのたまひて、果つるほどに、山の座主《ざす》召して、忌むこと受けたまふベきよしのたまはす。御をぢの横川《よかは》の僧都近う参りたまひて、御髪《みぐし》おろしたまふほどに、宮の内ゆすりて、ゆゆしう泣きみちたり。何となき老い衰へたる人だに、今はと世を背くほどは、あやしうあはれなるわざを、まして、かねての御気色にも出だしたまはざりつることなれば、親王もいみじう泣きたまふ。

参りたまへる人々も、おほかたの事のさまもあはれに尊ければ、みな袖濡らしてぞ帰りたまひける。

現代語訳

十二月十余日ごろ、中宮(藤壺)主催の御八講が開催される。たいそう荘厳である。一日一日ご供養あそばす御経をはじめ、玉の軸、羅の表紙、帙簀の飾りも、世にたぐいない素晴らしさに調えさせなさる。中宮は、それほどでない事の飾りでさえ、世間並でなくすばらしく調えなさるのに、まして今回のような場合は、いっそうすばらしくなるのは当然である。

仏像のお飾り、花机の覆いなどまで、ほんとうの極楽がしのばれるほどである。初日は先帝のご供養、次の日は母后の御ため、その次の日は院のご供養、この日は『法華経』の五の巻を講釈する日であるので、上達部なども、世間のつつましさにお気兼ねなさってもおられず、とても多く参られた。

この日の講師《こうじ》は、心を尽くして格別にお選びになったので、薪の行道からはじめて、声をそろえて言う言葉も、たいそう荘厳である。

親王たちもさまざまの捧げものを捧げてお巡りになるのだが、大将殿(源氏の君)のご用意された捧げものなどは、やはり他に似るものとてない。

源氏の君のすばらしさを言うのことはいつも同じことのようであるが、拝見するたびごとに普通と違ってすばらしのを、どうすることができよう。

最終日、中宮はご自分の御事を結願として、ご出家なさることを仏に申し上げさせなさると、人々はみな驚きなさる。兵部卿宮、大将(源氏の君)も動揺なさって、呆れたこととお思いになる。

兄宮(兵部卿宮)は、御法会の途中に席を立って中宮の御簾の内にお入りになる。

中宮は、心強くご決心されていることを兄宮にお話しになり、法会が終わるころに、叡山の座主を召して、戒をお受けになることを仰せになる。

中宮の叔父の横川の僧都が近く参られて、中宮の御髪をおろしなさる時に、宮中は動揺して、皆がひどく泣かれた。

何ということもない老い衰えた人でさえ、今を最後と出家する時は、妙にしみじみするものだが、まして、前もって何のそぶりもお見せにならなかったことなので、兄宮もたいそうお泣きになる。

その場に参られていた人々も、大方の事のなりゆきが心にしみてしみじみと尊く思われたので、みな袖を濡らしてお帰りになった。

語句

■御経 法華八講の時に使う『法華経』は特別製の豪華なもの。 ■玉の軸  宝玉で飾られた巻物の軸。 ■羅の表紙 「羅」は薄い絹。 ■帙簀の飾り 「帙簀」は巻物をおおう帙(ちつ)。竹をすだれ状に編んだもの。 ■ましてことわりなり ただでさえ素晴らしく装飾するのだから、ましてまたとない御八講用の法華経だからいっそうすばらしく飾り立てるのは当然であるの意。 ■花机 仏前に備えて経文や仏具を置く机。脚に花の文様があしらってある。 ■先帝 桐壺帝の前の帝。藤壺の父。なお桐壷帝との続柄は不明。 ■御料 「料」は…のぶん。…のためのもの。 ■母后 藤壺の母。先帝の后。 ■五巻の日 法華八講三日目は『法華経』第五巻が講釈される。第五巻は『法華経』の中でもとくに重要とされ、この日は特別な儀式などが行われた。 ■講師 経文を講釈する僧。 ■薪こるほど 薪の行道という儀式。行基作とされる歌「法華経をわが得しことは薪こり菜摘み水汲み仕えてぞ得し」(拾遺・哀傷)を唱えながら、捧げものを捧げたり、薪を背負ったりして行道する。 ■常に同じことのやうなれど 草子文。語り部に扮した作者が顔を出してコメントする。「いつもいつも源氏を褒めまくって、皆さまいい加減辟易しているかもしれませんが、でも言わざるをえないんですよ」といったニュアンス。 ■最終の日 御八講の最終日。 ■結願 法会の最終日。また最終日の作法。 ■兵部卿宮 藤壺の兄。 ■山の座主 比叡山延暦寺を統括する最高位の僧。天台座主。 ■忌むこと 仏門に入るに当たって戒律を授けられること。戒律は仏教者として忌むべきことと守るべきこと。 ■横川の僧都 藤壺の母方の叔父と思われる。「横川」は比叡山延暦寺三塔のひとつ。第三代天台座主・慈覚大師円仁が開いた。延暦寺でももっとも奥まった場所。 ■御髪おろしたまふ この時代は女性が出家する時、背のあたりで髪を切りそろえる。後の建礼門院や北条政子のように、完全に剃ってしまうのではない。

朗読・解説:左大臣光永