> 【源氏物語】【花散里 01】源氏、五月雨の晴れ間に花散里を訪ねる【原文・現代語訳・朗読】

【花散里 01】源氏、五月雨の晴れ間に花散里を訪ねる

原文

人知れぬ御心づからのもの思はしさは何時《いつ》となきことなめれど、かくおほかたの世につけてさへわづらはしう、思《おぼ》し乱るることのみまされば、もの心細く、世の中なべて厭《いと》はしう思しならるるに、さすがなること多かり。

麗景殿《れいけいでん》と聞こえしは、宮たちもおはせず、院崩れさせたまひて後、いよいよあはれなる御ありさまを、ただこの大将殿の御心にもて隠されて、過ぐしたまふなるべし。御|妹《おとうと》の三の君、内裏《うち》わたりにてはかなうほのめきたまひしなごりの、例の御心なれば、さすがに忘れもはてたまはず、わざとももてなしたまはぬに、人の御心をのみ尽くしはてたまふべかめるをも、このごろ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには思ひ出でたまふには、忍びがたくて、五月雨の空めづらしく晴れたる雲間《くもま》に渡りたまふ。

現代語訳

人しれぬ、ご自身から求めての御物思いはいつものことであるようだが、このように大方の世の中の事につけてさえもわずらわしく、心労ばかりがふえていくので、なんとなく心細く、世の中すべてが嫌だと思われるのだが、さすがにそうも言っていられないことも多いのだ。

麗景殿と申す方は、皇子・皇女もお持ちでなく、桐壷院がお隠れになって後は、いよいよおいたわしい御境遇なのを、ただこの大将殿(源氏の君)の御庇護のもと、お過ごになっていらっしゃるようだ。

その妹君の三の君とは、宮中あたりでほんの少しかりそめの逢瀬を持ったこと御縁がおありなのだが、源氏の君は例のご性分であるので、さすがにすっかりお忘れになることもできず、そうかといって表立った扱いもなさらないので、女君は御心の底からお悩みになったようだが、このごろ源氏の君も、世の中のことに何から何まで御心を悩まされ、その一つとしてこの姫君のことを思い出しなさると、お気持ちを抑えられず、五月雨の空が久しぶりに晴れた雲間にお訪ねになる。

語句

■人知れぬ御心づからのもの思はしさ 人に知られていないご自身の御心から出た物思い。藤壺や朧月夜への恋心。 ■おほかたの世 一般的な世の中の状況。桐壺院崩御後、権勢が右大臣方に傾き、源氏や藤壺方は不遇の毎日を送っていること。 ■わずらはしう 「わずらはし」は心労である。弘徽殿大后や右大臣方からの圧迫をさす。 ■さすがなること多かり 厭わしい世の中だがすべてを振り捨てて出家隠遁するかというと、そうもいかない。藤壺や朧月夜、紫の上、東宮といった人々との縁が源氏には出家に踏み切れないかせとなっている。 ■麗景殿 桐壺帝の女御。麗景殿に住んでいた。麗景殿は弘徽殿の東。宣耀殿の南。 ■宮たち 桐壺帝と麗景殿の間の皇子・皇女。 ■大将殿の御心にもて隠されて 源氏のはからいによって不遇な状況が表にあらわれないようにされていて。源氏が経済的援助をしていることをいう。 ■御弟の三の君 男女にかかわらず「おとうと」と読む。この巻の女主人公、花散里。 ■例の御心 一度でも逢瀬を交わした相手はお見捨てになれない源氏の君のご性分。

朗読・解説:左大臣光永