【花散里 04】源氏、西面に花散里を訪ね昔語をする
西面《にしおもて》には、わざとなく忍びやかにうちふるまひたまひてのぞきたまへるも、めづらしきに添へて、世に目馴れぬ御さまなれば、つらさも忘れぬべし。何やかやと、例の、なつかしく語らひたまふも、思さぬことにあらざるべし。仮にも、見たまふかぎりは、おし並べての際《きは》にはあらず、さまざまにつけて、言ふかひなしと思さるるはなければにや、憎げなく、我も人も情をかはしつつ過ぐしたまふなりけり。それをあいなしと思ふ人は、とにかくに変るもことわりの世の性《さが》、と思ひなしたまふ。ありつる垣根も、さやうにてありさま変りにたるあたりなりけり。
現代語訳
西面には、ことさらというわけではなくそっとご行動なさってお覗きになるのだが、姫君(花散里)は久しぶりであることに加えて、源氏の君が世にめったに見ないすばらしい御姿なので、長いご無沙汰の辛さも忘れてしまったようだ。
何のかのと、いつものように、なつかしくお語らいになるのも、心にもないことというわけではあるまい。
仮にも、源氏の君がお付き合いされる方々は、並大抵の方ではなく、さまざまな分野において、取るに足らないとお思いになるような方はないからだろうか、不快なこともなく、君も姫君も、お互いに気持ちを交わしつつお過ごしになっておられるのだ。
そうした関係を「無益だ」と思う人は、なにかと心変わりする者もあるが、そういう場合も、当たり前の世の常と思うようにしていらっしゃる。
あの垣根の女も、そんなふうにして境遇が変わってしまった人なのであった。
語句
■西面 花散里がいるところ。 ■わざとなく ことさら改まったふうではなく。自然に。 ■思さぬことにあらざるべし 心にもないことをしているのではあるまい。口先ばかりのことではあるまい。源氏は一つ一つの恋に、いい加減でなく、真心から没頭しているということ。 ■際 身分・才能などの程度。 ■憎げなく 長いご無沙汰だったとしてもそれを憎々しく恨み言を言ったりしない。 ■あいなし ふさわしくない。無益だ。
朗読・解説:左大臣光永