【明石 14】源氏、紫の上に明石の君との一件を隠しきれず

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原文

ニ条の君の、風の伝《つ》てにも漏り聞きたまはむことは、戯《たはぶ》れにても心の隔てありけると思ひうとまれたてまつらんは、心苦しう恥づかしう思さるるも、あながちなる御心ざしのほどなりかし。かかる方のことをば、さすがに心とどめて恨みたまへりしをりをり、などてあやなきすさび事につけても、さ思はれたてまつりけむなど、とり返さまほしう、人のありさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ、例よりも御文こまやかに書きたまひて、奥に、「まことや、我ながら心より外《ほか》なるなほざりごとにて、疎まれたてまつりしふしぶしを、思ひ出づるさへ胸いたきに、またあやしうものはかなき夢をこそ見はべりしか。かう聞こゆる問はず語りに、隔てなき心のほどは思しあはせよ。誓ひしことも」など書きて、「何ごとにつけても、

しほしほとまづぞ泣かるるかりそめのみるめはあまのすさびなれども」

とある御返り、何心なくらうたげに書きて、「忍びかねたる御夢語につけても、思ひあはせらるること多かるを、

うらなくも思ひけるかな契りしを松より浪は越えじものぞと

おいらかなるものから、ただならずかすめたまへるを、いとあはれにうち置きがたく見たまひて、なごり久しう、忍びの旅寝もしたまはず。

現代語訳

二条の君が、風の便りにでも漏れ聞きなさって、冗談としても源氏の君が隠し事をなさったのだと思ってうとまれるようなことがあっては、気の毒で源氏の君ご自身としても恥ずかしいとお思いになるのも、ひたすらなご情愛の深さであることよ。

こうした方面のことを、二条の君はやはり気になさって源氏の君をお恨み申し上げることが度々あり、そんな時、源氏の君は、どうしてこんなつまらない遊びにつけて、そう思われ申すようなことをしたのだろうなど、昔に戻りたくお思いになり、この明石の君のありさまをご覧になるにつけても、二条の君への恋しさが慰めようもないので、いつもよりもお手紙をこまごまとお書きになって、その末に、(源氏)「本当にそういえば、我ながら心外なつまらない浮気をして、あなたに嫌われました折々を、思い出すのさえ胸が痛いのですが、また奇妙にはかない夢を見たことですよ。こう申し上げる問わず語りによって、あなたに隠し事をしない私の誠実さをわかってください。お約束したあのことも…」など書いて、(源氏)「何事につけても、

しほしほと…

(貴女を思うとしほしほとまづは泣けてきます。ほんの出来心で別の女と逢った、それは海人の戯れであったのですが)

とあるお返事には、何というふうではなく可愛らしげに書いて、(紫の上)「隠れきれないでいらっしゃる御夢語につけても、自然と思い当たることが多いので、

うらなくも…

(無邪気にも、末の松山を波が越えないように、けして浮気をしないといった貴方の約束を信じていたことでしたよ)

あっさりした書きようではあるが、ただならず当てこすっていらっしゃるのを、源氏の君は、たいそうしみじみと、いつまでも手に取ってご覧になって、手紙を読んだ余韻も長く引きずり、しばらくは明石の君のもとにお忍びでお泊りになられることもない。

語句

■かかる方のこと 女性関係のこと。 ■さすがに 紫の上は温和な性格だが、それでもやはり。 ■恨みたまへりしを ここまで紫の上が源氏の浮気に嫉妬したことは書かれていない。 ■まことや 今思いついて話題を切り替えるかんじ。 ■なほざりごと いい加減なこと。 ■問はず語り 相手に聞かれてもいないのに一方的に自分語りをすること。 ■誓ひしことも 「忘れじと誓ひしことをあやまたば三笠の山の神もことわれ」(奥入)。歌意は、あなたを忘れないと誓った約束をもし破ったなら、三笠の山の神よ神罰をくだしてださい。 ■しほしほと… 「しほしほ」はしょぼしょぼと涙に濡れているさま。「塩」をかける。「かりそめ」に「刈り」を、「みるめ」に「見る目」と「海松布《みるめ》」をかける。「塩」「刈る」「みるめ」「あま」は縁語。 ■夢語 夢の内容を語ること。 ■うらなくも… 「うらなし」は思慮が浅い。うっかりしている。「うら」は心の意。「うら」に「心」の意と「浦」をかける。「浪」の縁語。「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山浪も越えなむ」(古今・東歌)、「契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山浪こさじとは」(小倉百人一首四十ニ番 清原元輔)。 ■おいらかなる おっとりしている。 ■なごり久しう 「なごり」は手紙を読んだ後の余韻。

朗読・解説:左大臣光永

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