【蓬生 01】源氏の侘住まいの間、ひそかに心を砕いていた人々

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原文

藻塩《もしお》たれつつわびたまひしころほひ、都にも、さまざま思し嘆く人多かりしを、さてもわが御身の拠《よ》りどころあるは、一方《ひとかた》の思ひこそ苦しげなりしか、二条の上などものどやかにて、旅の御住み処《か》をもおぼつかなからず聞こえ通ひたまひつつ、位を去りたまへる仮の御よそひをも、竹の子の世のうき節を、時々につけてあつかひきこえたまふに、慰めたまひけむ、なかなか、その数と人にも知られず、立ち別れたまひしほどの御ありさまをもよそのことに思ひやりたまふ人々の、下《した》の心|砕《くだ》きたまふたぐひ

現代語訳

源氏の君が須磨の浦で「藻塩たれつつ」侘住居をしていらした頃、都でも、さまざまに思い嘆く方が多かったが、そうはいってもご自身の拠り所がある方は、ひたすら源氏の君を思うその思いこそ苦しそうではあったが、二条の上(紫の上)などもゆったりしたお暮らしで、君の旅先の御住まいへもよく様子がわかるようにご連絡をたびたびお取り交わしになって、官位を失っていらっしゃる間の仮の御装束をも、この世のつらい折々につけて、季節季節に応じてお世話なさったので、お心が慰められたであろう。しかしかえって、源氏の君がお関わりになった方の数にも入れられず、君が都をお離れになった時の御様子をも、よそごととして思いやっていらした方々で、人知れず心をお砕きになっていらっしゃっる方々が多いのである。

語句

■藻塩たれつつ 「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ」(古今・雑下 在原行平)。「邂逅《わくらば》」は、偶然。まれ。 ■さても 「さ」は「思し嘆く」をさす。 ■拠りどころ 生活の基盤。住まいや収入。 ■のどやかにて 経済的な心配がないこと。 ■位を去りたまへる仮の御よそひ 源氏は須磨明石の侘び住まい中、位を剥奪されていたので衣装は無紋(無地)である。 ■竹の子の世のうき節を 「竹の子の」は「世」にかかる枕詞とみる。「いまさらになに生ひづらむ竹の子の憂き節しげき世とはしらずや」(古今・雑下 躬恒)を引くか。歌意は、今さらこの子はどうして生まれてきたのだろう。竹の子の節がびっしり多いように辛いことが多い世の中だということを知らないのかなあ。 ■その数と人にも知られず 源氏の愛人と世間からも認識されておらず。

朗読・解説:左大臣光永

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