【蓬生 02】末摘花の邸、寂れゆく

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原文

常陸《ひたち》の宮の君は、父親王《ちちみこ》の亡せたまひにしなごりに、また思ひあつかふ人もなき御身にていみじう心細げなりしを、思ひかけぬ御事の出で来て、とぶらひきこえたまふこと絶えざりしを、いかめしき御勢にこそ、事にもあらず、はかなきほどの御情ばかりと思したりしかど、待ち受けたまふ袂の狭《せば》きに、大空の星の光を盥《たらひ》の水に映したる心地して、過ぐしたまひしほどに、かかる世の騒ぎ出で来て、なべての世うく思し乱れし紛れに、わざと深からぬ方《かた》の心ざしはうち忘れたるやうにて、遠くおはしましにし後《のち》、ふりはへてしもえ尋ねきこえたまはず。そのなごりに、しばしば泣く泣くも過ぐしたまひしを、年月経るままに、あはれにさびしき御ありさまなり。

古き女ばらなどは、「いでや、いと口惜しき御宿世なりけり。おぼえず神仏《かみほとけ》の現はれたまへらむやうなりし御心ばへに、かかるよすがも人は出でおはするものなりけりと、あり難う見たてまつりしを、おほかたの世の事といひながら、また頼む方なき御ありさまこそ悲しけれ」と、つぶやき嘆く。さる方にありつきたりしあなたの年ごろは、言ふかひなきさびしさに目馴れて過ぐしたまふを、なかなかすこし世づきてならひにける年月に、いとたへがたく思ひ嘆くべし。すこしもさてありぬべき人々は、おのづから参りつきてありしを、みな次々に従ひて行き散りぬ。女ばらの命たへぬもありて、月日に従ひては、上下人数《かみしもひとかず》少なくなりゆく。

現代語訳

常陸の宮の姫君(末摘花)は、父親王がお亡くなりになって後は、他に誰も同情しお世話申し上げる人もない御身でたいそう心細そうにしていらしたが、思いもかけず源氏の君をお迎えすることになって、君のご訪問が絶えず続いていたのだが、もっとも君にしてみれば、立派な御権勢の中、姫君のことは物の数ではなく、ほんの少し御情けをかけただけと思っていらしたが、姫君にとっては、源氏の君をお待ち受けなさる袂が狭いので、大空の星の光を盥の水に映しているような気持で、お過ごしになっておられるうちに、あのような世間の騒ぎが起こって、源氏の君は世の中のことをすべて辛く思い悩んでいらした、そのことに紛れて、格別に深くはない方に対するお気持は忘れたようになって、遠くに旅立たれて後は、姫君は、わざわざお便りすることなどとてもおできになれない。源氏の君のお情けの名残で、しばらくは泣きながらもお過ごしになっておられたが、年月がたつにつれて、胸がしめつけられるほど寂しいお身の上になられるのである。

古くからお仕えしている女房などは、「いやもう、ひどく残念な御運でございますよ。思いもかけず神仏が現れなさったような源氏の君の御心よせをいただいて、このような縁も人には出てくるものなのだと、滅多にないことに拝見していましたが、幸福がつづかないのは世間一般の世の常といいながら、他に誰も頼りにする方もない御ようすが悲しゅうございます」と、つぶやき嘆く。

そうした心細い暮らしが普通であった昔の数年は、言いようもない寂しさにも馴れてお過ごしになっていらしたが、なまじ世間並みになって、それに馴れていらした年月のために、女房たちは、たいそう耐え難く思い悩んでいるようだ。

少しでも役に立ちそうな女房たちは、しぜんとこの邸に参って住みついていたが、みなつぎつぎにしだいに散っていった。

女房の中には死んでしまったのもあって、月日が過ぎるにしたがって、身分の上下をとわず人数が少なくなっていく。

語句

■常陸の宮の君 常陸の宮(太守)の姫君。生活に困窮していたところ、思いがけない源氏の君のご寵愛を受けることになったさまは末摘花巻に描かれている(【末摘花 02】)。 ■思ひかけぬ御事 源氏の君が通いはじめたこと。 ■袂の狭き 末摘花の生活が苦しいことをさす。 ■大空の星の光を盥の水に映したる心地 源氏はほんの少し末摘花の世話をしたつもりだが、それが末摘花にしてみれば大変なありがたみであることをたとえた。古注には星影を水に映すことは七夕行事の一つという。 ■かかる世の騒ぎ 源氏が失脚し須磨に下向したこと。 ■その名残に 源氏からの支援物資の残りをちびちびと消費して。また源氏との思い出を反芻して。 ■御宿世なりけり 「けり」はそのことに今初めて気づいたことの衝撃をしめす。 ■かかるよすがも 「よすが」は頼りとする相手。 ■おほかたの世の事 世の常。自分とは関係ない政治上の動き、と取る説も。 ■世づきて 源氏からの経済的な援助によって世間並な暮らしができていたこと。 ■さてありぬべき人々 女房として仕えるにふさわしい人々。 ■おのづから参りつきてありしを 源氏の君が通うようになったので。

朗読・解説:左大臣光永

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