【蓬生 04】末摘花、古風で引きこもりがちな日々をすごす

原文

はかなき古歌《ふるうた》物語などやうのすさびごとにてこそ、つれづれをも紛《まぎ》らはし、かかる住まひをも思ひ慰むるわざなめれ、さやうのことにも心おそくものしたまふ。わざと好ましからねど、おのづから、また急ぐことなきほどは、同じ心なる文通はしなどうちしてこそ、若き人は木草につけても心を慰めたまふベけれど、親のもてかしづきたまひし御心おきてのままに、世の中をつつましきものに思して、まれにも言通《ことかよ》ひたまふべき御あたりをも、さらに馴れたまはず、古《ふ》りにたる御廚子《みずし》開けて、唐守《からもり》、貌姑射《はこや》の刀自《とじ》、かぐや姫の物語の絵に描《か》きたるをぞ、時々のまさぐりものにしたまふ。

古歌《ふるうた》とても、をかしきやうに選《え》り出で、題をも、よみ人をもあらはし心得たるこそ見どころもありけれ、うるはしき紙屋紙《かむやがみ》、陸奥国紙《みちのくにがみ》などのふくだめるに、古言《ふること》どもの目馴れたるなどは、いとすさまじげなるを、せめてながめたまふをりをりは、引きひろげたまふ。今の世の人のすめる、経うち誦《よ》み、行ひなどいふことはいと恥づかしくしたまひて、見たてまつる人もなけれど、数珠《ずず》など取り寄せたまはず。かやうにうるはしくぞものしたまひける。

現代語訳

なんということもない古歌、物語などといった慰めものによってこそ退屈が紛らわされ、このような詫び暮らしも心慰められるものであるが、この姫君はそうしたことにも奥手でいらっしゃる。

ことさら風流ぶるのではなくても、自然と、他に急ぐことのない時は、気の合う仲間と手紙のやり取りなどをしてこそ、若い人は木草につけても心が慰められるものだろうが、この姫君は父宮が大切に育み指導された御戒めのままに、世間を恐ろしいものにお思いなさって、たまに手紙をお出しすべき御方にも、まったくお馴染みにならず、古ぼけた御厨子を開けて、唐守、藐姑射の刀自、かぐや姫の物語の絵に描いてあるのを、その時々の慰めものになさっている。

古歌といっても、風情あるように選び出して、題をも、詠み人をもはっきり書いてあって、こうだとわかるのは見応えもあるのだが、格式ある紙屋紙、陸奥国紙などのぶくぶくしたのに、古歌どもの見慣れたのが書いているのなどは、ひどく興ざめであるが、姫君は、ひたすら物思いにふけりなさる折々は、引き広げてご覧になる。今の世の人がするという、経を読んだり、勤行などということはひどく恥ずかしくお思いになって、誰も姫君がなさっているのを拝見することはないが、また姫君は数珠などもお手になさらない。姫君はこのように格式ばってお過ごしになっていらっしゃる。

語句

■つれづれをも紛らはし 「つれづれ慰むるもの 碁 双六 物語」(枕草子)。 ■心おそく 「心おそし」は奥手であること。 ■御心おきて 亡き父宮が遺した御訓戒。 ■唐守 現存しない散佚物語。内容不明。 ■藐姑射の刀自 散佚物語。 ■かぐや姫の物語 『竹取物語』。絵合巻には「竹取の翁」とある。 ■まさぐりもの もてあそびもの。愛玩物。 ■題 和歌の題詞。 ■紙屋紙 紙屋院(官立の製紙工場)で作られる紙。公式文書などに使う「うるはしき」紙だが、和歌に使うような風情あるものではない。 ■陸奥国紙 檀《まゆみ》の皮の繊維で作った紙。白く厚ぼったい。恋文などには使わない。 ■古言 古歌。 ■経うち誦み 経文に節をつけて唱えること。当時流行していたらしい。しかし女が仏教関係のことに首をつっこむのは賢女ぶっていてよくないとも言われた。「むかしは経よむをだに人は制しき」(紫式部日記)。

朗読・解説:左大臣光永