【蓬生 05】叔母、末摘花を仕返しのために娘たちの召使いにしようとたくらむ

原文

侍従などいひし御|乳母子《めのとご》のみこそ、年ごろあくがれはてぬ者にてさぶらひつれど、通ひ参りし斎院亡せたまひなどして、いとたへがたく心細きに、この姫君の母北の方のはらから、世におちぶれて受領《ずりやう》の北の方になりたまへるありけり。むすめどもかしづきて、よろしき若人どもも、むげに知らぬ所よりは、親どもも参《ま》うで通ひしを、と思ひて、時々行き通ふ。この姫君は、かく人|疎《うと》き御癖なれば、睦ましくも言ひ通ひたまはず。「おのれをばおとしめたまひて、面《おもて》ぶせに思したりしかば、姫君の御ありさまの心苦しげなるも、えとぶらひきこえず」など、なま憎げなる言葉ども言ひ聞かせつつ、時々聞こえけり。

もとよりありつきたるさやうの並々の人は、なかなかよき人のまねに心をつくろひ、思ひあがるも多かるを、やむごとなき筋ながらも、かうまで落つべき宿世《すくせ》ありければにや、心すこしなほなほしき御|叔母《をば》にぞありける。「わがかく劣りのさまにて、あなづらはしく思はれたりしを、いかでかかる世の末に、この君を、わがむすめどもの使ひ人になしてしがな。心ばせなどの古びたる方こそあれ、いとうしろやすき後見《うしろみ》ならむ」と思ひて、「時々ここに渡らせたまひて。御|琴《こと》の音《ね》も承《うけたまは》らまほしがる人なむはべる」と聞こえけり。この侍従も、常に言ひもよほせど、人にいどむ心にはあらで、ただこちたき御ものづつみなれば、さも睦びたまはぬを、ねたしとなむ思ひける。

現代語訳

侍従などといった御乳母子だけが、長年よそには行かずお仕えしていたが、通い参っていた斎院がお亡くなりになったりなどして、たいそう耐え難く心細くしているところに、この姫君の母である北の方の姉妹で、世におちぶれて受領の北の方になられている方があるのだった。

その方が、娘たちを可愛がっていて、わけのわかった若い女房たちも、まったく知らない所に行くよりは親たちも参り通っていたのだからと思って、時々行き通う。

この姫君(末摘花)は、このように奥手な御癖であるので、この叔母とも親しく文を通い合わさない。

(叔母)「あの姫君の母が私をさげずみなさって、一門の恥晒しだとお思いになっておられたから、姫君の御ようすはお気の毒そうだけれど、お見舞い申し上げることはできない」など、半ば憎々しいさまざまな言葉をしばしば侍従に聞かせては、時々お便りを差し上げる。

もともと賎しい身分に生まれついている並々の人は、かえって高貴な人のまねをわざとして、思い上がる者も多いが、この叔母は高貴な血筋ではあるのに、ここまで落ちぶれるべき運命であったからだろうか、心がすこし低俗な御叔母であるのだった。

「私はこのように落ちぶれていて、侮られてきたのだから、どうにかしてこう家が没落した末に、この姫君を、わが娘たちの召使いにしたいものです。気性などは古めかしいところはあるものの、たいそう安心できる世話役となりましょう」と思って、(叔母)「時々わが邸においでなさい。御琴の音もお聞きしたく思っている人がございます」と申し上げた。この侍従も、いつもそう言っておすすめ申し上げるのだが、姫君は人に逆らう心からではなく、ただひたすら奥手でいらっしゃるので、そうは親しく交際なさらないのを、叔母はいまいましいと思っているのであった。

語句

■侍従 「御乳母子、侍従とて、はやりかなる若人」(【末摘花 8】)。 ■あくがれはてぬ 「あくがる」は、ふらふら出ていくこと。末摘花邸を出て、他に仕えることをいう。 ■通ひ参りし斎院 「侍従は、斎院に参り通ふ若人にて」(【末摘花 13】)。この斎院が具体的に誰かは不明。 ■この姫君の母北の方のはらから 末摘花の母の姉妹。 ■面ぶせに 末摘花の母が、この叔母を、一門の面汚しだといってさげずんだというのである。 ■えとぶらひきこえず 「貴女の母親が言うように私は落ちぶれているのだから貴女を援助することなどできない」という当てつけ。 ■さやうの 「さ」は受領の妻という身分。 ■なほなほしき 「直直し」は平凡でありきたりであること。世間並みであること。 ■かかる世の末 末摘花の家が最低レベルに落ち込んでいる時。叔母は姉妹が自分を見下してきたことの復讐に、この姫君をいじめようと画策している。

朗読・解説:左大臣光永

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