【末摘花 13】源氏、末摘花と逢う

原文

侍従は、斎院に参り通ふ若人にて、このころはなかりけり。いよいよあやしう、ひなびたる限りにて、見ならはぬ心地ぞする。いとど、愁ふなりつる雪、かきたれいみじう降りけり。空のけしきはげしう、風吹きあれて、大殿油《おほたなぶら》消えにけるを、点《とも》しつくる人もなし。かの物に襲はれしをり思し出でられて、荒れたるさまは劣らざめるを、ほどの狭《せば》う、人げのすこしあるなどに慰めたれど、すごう、うたていざとき心地する夜のさまなり。をかしうも、あはれにも、やう変へて心とまりぬべきありさまを、いと埋《むも》れ、すくよかにて、何のはえなきをぞ、口惜しう思す。

からうじて明けぬる気色なれば、格子手づから上げたまひて、前の前栽《せんざい》の雪を見たまふ。踏みあけたる跡もなく、はるばると荒れわたりて、いみじうさびしげなるに、ふり出でて行《ゆ》かむこともあはれにて、「をかしきほどの空も見たまへ。つきせぬ御心の隔てこそわりなけれ」と恨みきこえたまふ。まだほの暗けれど、雪の光に、いとどきよらに若う見えたまふを、老人《おいびと》ども笑みさかえて見たてまつる。「はや出でさせたまへ。あぢきなし」「心うつくしきこそ」など教へきこすれば、さすがに、人の聞こゆることを、えいなびたまはん御心にて、とかうひきつくろひて、ゐざり出でたまへり。見ぬやうにて、外《と》の方をながめたまへれど、後目《しりめ》はただならず。いかにぞ、うちとけまさりのいささかもあらば、うれしからむとおぼすも、あながちなる御心なりや。

まづ、居丈《ゐだけ》の高く、を背長《せなが》に見えたまふに、さればよと、胸つぶれぬ。うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩《ふげんぼさつ》の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方《かた》すこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。色は雪はづかしく白うて、さ青《を》に、額《ひたひ》つきこよなうはれたるに、なほ下《しも》がちなる面《おも》やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。痩せたまへること、いとほしげにさらぼひて、肩のほどなどは、いたげなるまで衣《きぬ》の上まで見ゆ。何に残りなう見あらはしつらむと思ふものから、めづらしきさまのしたれば、さすがにうち見やられたまふ。頭《かしら》つき、髪のかかりはしも、うつくしげにめでたしと思ひきこゆる人々にも、をさをさ劣るまじう、袿《うちき》の裾《すそ》にたまりて、ひかれたるほど、一尺ばかり余りたらむと見ゆ。

着たまへる物どもをさへ言ひたつるも、もの言ひさがなきやうなれど、昔物語にも、人の御装束《さうぞく》をこそまづ言ひためれ。ゆるし色のわりなう上白《うはじら》みたる一かさね、なごりなう黒き袿《うちき》かさねて、表着《うはぎ》には黒豹《ふるき》の皮衣《かはぎぬ》、いときよらにかうばしきを着たまへり。古代のゆゑづきたる御装束なれど、なほ若やかなる女の御よそひには、似げなうおどろおどろしきこと、いともてはやされたり。されど、げにこの皮なうて、はた寒からましと見ゆる御顔ざまなるを、心苦しと見たまふ。何ごとも言はれたまはず、我さへ口とぢたる心地したまへど、例のしじまもこころみむと、とかう聞こえたまふに、いたう恥ぢらひて、口おほひしたまへるさへ、ひなび古めかしう、ことごとしく儀式官《ぎしきくわん》の練《ね》り出でたる肘《ひぢ》もちおぼえて、さすがにうち笑《ゑ》みたまへる気色《けしき》、はしたなうすずろびたり。いとほしくあはれにて、いとど急ぎ出でたまふ。「頼もしき人なき御ありさまを、見そめたる人には、うとからず思ひ睦《むつ》びたまはむこそ、本意《ほい》ある心地すべけれ。ゆるしなき御気色《けしき》なれば、つらう」などことつけて、

朝日さす軒《のき》のたるひはとけながらなどかつららのむすぼほるらむ

とのたまへど、ただ「むむ」とうち笑ひて、いと口重げなるもいとほしければ、出でたまひぬ。

現代語訳

侍従は、斎院に参り通う若女房で、この頃はいなかった。そのため、ますますみすぼらしく、田舎じみた限りで、源氏の君は、見慣れないお気持ちがする。

女房たちがたいそう嘆いていた雪が、垂れ下がるようにひどく降っていた。空の景色は殺伐として、風が吹き荒れて、灯が消えてしまったが、灯しつける人もない。

あの物の怪に襲われた折を源氏の君は自然と思い出されて、荒れたようすはこちらも劣らないようだが、部屋が狭く、人気がすこしあるのなどに慰められるが、物寂しく、不吉で、眠れない気持ちがする夜のありさまである。

しかしそれはそれで、趣深くも、心惹かれることでもあり、変わっていて心惹かれるような夜の様子であるが、姫君は、ひどく引っ込み思案で、無愛想で、何のぱっとした所もないのが、源氏の君は、残念に思われる。

ようやく夜が明けた気配なので、源氏の君は、格子をご自分でお上げになって、前の前栽につもった雪をご覧になる。

雪の上を踏み分けた跡もなく、はるばると一面荒れて、たいそう寂しげであるので、姫君をふり捨てて帰っていくことも気の毒なので、(源氏)「しみじみと風情ある頃合いの雪もご覧なさい。いつまでも打ち解けてくださらないのは、わけがわからないですよ」と恨み言を申しなさる。

まだ薄暗いが、雪の光に、源氏の君が、たいそう美しげに若くお見えになるのを、古参の女房たちは顔中に喜びをたたえて笑い、拝見する。

(女房)「はやくお出ましなさいませ。そうやって引っ込んでいてもつまらないですよ」「素直なのが一番ですよ」など教え申し上げると、姫君は嫌がりながらもやはり、人の申し上げることを、拒否できないご性質なので、とにかく身なりを調えて、座ったまま進み出ていらした。

源氏の君は見ないようにして、外の方をながめていらっしゃるが、横目は尋常でない。どうだろうか、以前より打ち解けている所が少しでもあれば、嬉しいだろうと思われるのも、それは無理というものだ。

まず姫君は、座高が高く、胴長に拝見されるのを、源氏の君は「やっぱり」と胸がつぶれる思いであった。続いて、ああみっともないと見えるものは、鼻であった。思わず目がとまる。普賢菩薩の乗り物と思われる。

あれきるほど高く長くのびていて、先の方がすこし垂れて色づいていることは、とくに嫌な感じである。

肌の色は雪も気後れするほど白くて、青みがかっており、額の具合はたいそう広い上に、下半分も長い顔のありようは、だいたい、恐ろしいほど顔が長いに違いない。

お痩せになっていることについては、気の毒なほどやせ細って骨がちで、肩のあたりなどは、痛そうなまでに衣の上まで見える。

(これほどの酷い姿を)どうして残りなくありありと見てしまったのだろうと思うが、滅多に見られない様子なので、いくら醜いとはいってもやはり、自然にそちらの方に目が向いてしまわれる。

頭の形と髪のかかり具合は見るからに美しく、すばらしいと思い申し上げている方々にも、それほど劣らず、髪の毛が袿の裾にたまって引かれた部分は一尺ほどもあるように見える。

お召になっている着物のことまでも言い立てるのは、口が悪いようだが、昔物語にも、人の御装束をこそまず言っているようだ。

薄紅色のひどく表面が白みがかった単衣を一重ね、その上に元の色が見えないほど黒くなった袿を重ねて、表着《うわぎ》には黒貂《くろてん》の皮衣の、実に見事で、香がたきしめてあるのをお召しになっている。

古めかしい由緒ある御装束ではあるが、やはり若い女の御装いとしては、似つかわしくなく、仰々しいかんじが、特に際立っている。

しかし、実際この皮がなくては、たいそう寒いだろうと見える御顔のようすなのを、源氏の君はお気の毒とご覧になる。

源氏の君は何事もおっしゃることがおできにならず、姫君だけでなく自分までも口を閉じている気持ちがなさるが、いつもの沈黙も試してみようと、あれこれ申し上げなさると、姫君はたいそう恥ずかしがって、口を覆われるのさへ、田舎じみて古めかしく、物々しく儀式官が練り歩き出した時の肘つきが想像されて、さすがに笑いがこみ上げなさる様子はちぐはぐで、落ち着かないことであった。

源氏の君は、気の毒でもあり、可愛そうでもあり、たいそう急いで退出なさる。(源氏)「姫君には頼みにできるような人がないご様子なので、私のように姫君を見初める男がいたら、疎遠にせず、親しまれることこそ、その男も願いがかなう気持ちがするでしょう。私に対してはお許しがないご様子なので、辛いです」などと逃げ出すための口実を作って、

朝日さす…

(朝日がさす軒のつららは溶けておりますのに、あなたはどうして私に対して打ち解けてくださらないのでしょう)

とおっしゃるが、姫君はただ「うう」と微笑まれて、たいそう口が重そうなのも気の毒なので、源氏の君は退出なさった。

語句

■斎院 賀茂神社にお仕えする内親王。侍従はその内親王にお仕えしている。 ■すごう 「すごし」は物寂しい。 ■すくよか 「健よか」。無愛想。人情味がない。無骨だ。 ■かろうじて 殺伐とした風情のない夜だが、源氏は末摘花と一晩を過ごした。その夜がようやく明ける。 ■踏みあけたる 「踏みあく」は踏んで跡をつけること。 ■ふり出でて行かむ 姫君を振り捨てて帰っていくこと。「ふる」は「雪」の縁語。 ■笑みさかえて 「笑みさかゆ」は顔中に喜びをたたえて笑うこと。 ■あながちなる 「あながちなり」は無理な。勝手な。作者のこの状況にたいする感想。 ■を背長 胴長。「を」は接頭語。 ■かたは 片端。不完全でみつともないもの。 ■普賢菩薩の乗り物 普賢菩薩は白い象に乗っているが、その鼻の先は赤いという。 ■額つきこよなうはれたるに 「晴る」は額が広いこと。 ■痛げなるまで 衣の下の骨が衣に突き刺さって、突き破って出てきそうなかんじ。 ■ゆるし色 薄い紅色や紫色。濃い紅や紫は臣下が使用することが禁じられ、「禁色」と呼ばれるのに対して、薄い色は臣下にも使用がゆるされているから「ゆるし色」という。 ■なごりなき 元の色が見えないほど。 ■古代の 黒貂の皮衣は村上帝の時まで男性貴族が着用していた。今めかしいものではない。しかも女性が着るものではない。 ■もてはやされたり 「もてはやす」は目立つ。際立つ。 ■例のしじま 先の歌に「いくさたび君がしじまに負けぬらん…」(【末摘花 08】)。 ■儀式官 儀式をつかさどる官人。仰々しく格式ばって肘を構えるのだろう。 ■すずろびたり 「漫ろぶ」はそわそわする。落ち着かない。■ことつけて 口実を作って。

朗読・解説:左大臣光永

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