【蓬生 08】末摘花の邸、雪に埋もれる

原文

霜月ばかりになれば、雪霰《ゆきあられ》がちにて、外《ほか》には消ゆる間《ま》もあるを、朝日夕日をふせぐ蓬葎《よもぎむぐら》の蔭に深う積りて、越《こし》の白山思ひやらるる雪の中《うち》に、出で入る下人《しもびと》だになくて、つれづれとながめたまふ。はかなきことを聞こえ慰め、泣きみ笑ひみ紛らはしつる人さへなくて、夜も塵がましき御帳《みちやう》の中《うち》もかたはらさびしく、もの悲しく思さる。

かの殿には、めづらし人に、いとどもの騒がしき御ありさまにて、いとやむごとなく思されぬ所どころには、わざともえ訪れたまはず。まして、その人はまだ世にやおはすらむとばかり思し出づるをりもあれど、たづねたまふべき御心ざしも急がであり経るに、年かはりぬ。

現代語訳

十一月ごろになると、雪や霰が降ることが多くなり、それが外では消える時もあるのに、この邸では朝日夕日をふせぐ蓬や葎の蔭に深く積もって、越の白山《しらやま》が想像される雪の中に、出入りする下人さえなくて、姫君は、所在なく物思いにふけっていらっしゃる。

とりとめもないことをお話して慰め、泣いたり笑ったりして気を紛らわせてくれた人さえ今はなくて、夜も塵だらけの御帳の中の一人寝もさびしく、なんとなく悲しくお思いになる。

かの二条殿では、源氏の君は、久しぶりに姫君(紫の上)とご一緒にお過ごしになるので、たいそうもの騒がしい御ようすで、それほど大切には思われない方々の所には、わざわざご訪問することもおできにならない。

まして、「あの人はまだ生きていらっしゃるだろうか」程度には思い出す折もあるが、急いでお訪ねになるような御気持ちもないままに時がすぎて、年があらたまった。

語句

■越の白山 「君がゆく越の白山しらねども雪のまにまに跡はたづねむ」(古今・離別 藤原兼輔)など。白山は岐阜県と石川県の境にある白山(はくさん)。 ■泣きみ笑ひみ 泣いたり笑ったり。「み…み」は動作が交互に行われるさま。 ■年かはりぬ 源氏は二十九歳に。時系列は澪標巻と重なる。

朗読・解説:左大臣光永