【絵合 02】源氏、朱雀院の心中をおもんぱかる 前斎宮から朱雀院に消息

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原文

大臣これを御覧じつけて、思しめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて、わが御心のならひあやにくなる身をつみて、かの下りたまひしほど、御心に思ほしけんこと、かう年経て帰りたまひて、その御心ざしをも遂げたまふべきほどに、かかる違《たが》ひ目のあるを、「いかに思すらむ。御位を去り、もの静かにて、世をうらめしとや思すらむ」など、我になりて心動くべきふしかな、と思しつづけたまふに、いとほしく、「何にかくあながちなる事を思ひはじめて、心苦しく思ほしなやますらむ。つらしとも思ひきこえしかど、またなつかしうあはれなる御心ばへを」など、思ひ乱れたまひて、とばかりうちながめたまへり。

「この御返りは、いかやうにか聞こえさせたまふらむ。また御消息もいかが」など聞こえたまへど、いとかたはらいたければ、御文はえひき出でず。宮は悩ましげに思して、御返りいとものうくしたまへど、「聞こえたまはざらむも、いと情なくかたじけなかるべし」と、人々そそのかしわづらひきこゆるけはひを聞きたまひて、「いとあるまじき御事なり。しるしばかり聞こえさせたまへ」と聞こえたまふも、いと恥づかしけれど、いにしへ思し出づるに、いとなまめききよらにて、いみじう泣きたまひし御さまを、そこはかとなくあはれと見たてまつりたまひし御幼心も、ただ今の事とおぼゆるに、故御息所《こみやすむどころ》の御ことなど、かきつらねあはれに思されて、ただかく、

別るとてはるかにいひしひとこともかへりてものは今ぞかなしき

とばかりやありけむ。御使の禄品々《ろくしなじな》に賜はす。大臣は御返りをいとゆかしう思せど、え聞こえたまはず。

現代語訳

源氏の大臣はこれをお見つけになって、思いめぐらしなさると、ひどく畏れ多く気の毒で、わが御心の癖、理不尽な恋ほど燃え上がることを引き合いに考えてみても、あの伊勢下向の時、朱雀院が斎宮を御心にかけて思われていたこと、こうして年を経てお帰りになって、今こそその御気持ちをお遂げあそばすべき時なのに、こんな意に反する事態となって、(源氏)「院はどうお思いになっていらっしゃるだう。御位を去り、もの静かにして、世間のことを恨めしいと思っていらっしゃるだろう」などと、「自分であれば動揺するに違いない場面であるな」と、思いつづけなさっていると、気の毒に、「私はどうしてこんな、無理やりなことを考えついて、院を心苦しく思い悩ませ申し上げるのだろう。院のことを恨めしいとも思い申し上げたこともあったが、また一方ではやさしくしみじみ慕わしいご気性であられるのに」など、思い乱れなさって、しばらく呆然と物思いにふけっていらっしゃる。

(源氏)「この御返事は、どのように申し上げられましょうか。それに、院からの御手紙にはどのように」などお尋ねになるが、女別当はとても決まりが悪いので、お手紙はお出しすることができない。宮(前斎宮)はご気分がすぐれぬご様子で、お返事を差し上げることもおっくうにお思いになるが、(女房たち)「お返事申し上げないのも、ひどく情けなく畏れ多いことでしょう」と、女房たちが前斎宮におすすめ申して手を焼いているようすを源氏の君はお聞きになって、(源氏)「それは実によろしからぬなさりようです。ただ形ばかりお返事申し上げなさいませ」と申し上げなさるのも、前斎宮はひどく恥ずかしかったが、昔を思い出しなさると、朱雀院がとても優に美しげな御姿で、ひどくお泣きになられたご様子を、何ということもなくしみじみ拝見されたあの時のご自分の幼な心も、まさに今現在の事のように思われるので、故御息所の御ことなど書きつらねてしみじみ心動かされて、ただこう、

(前斎宮)別るとて…

(私が都を離れて伊勢に下向する時、「都の方へおもむきたもうな」とはるかに隔たったものとしておっしゃった御言葉も、帰京した今となってはかえって悲しいものに聞こえます)

とだけでもお答えになったのだろうか。御使の人々に褒美の品々をお与えになる。源氏の大臣は前斎宮のお返事をたいそう見たいとお思いになったが、そうは申し上げることがおできにならない。

語句

■あやにくなる身をつみて 理不尽な関係こそ夢中になるわが身を反省して。 ■身をつみて 「身を抓む」は自分の身をつねって相手の痛みを知るが原意。そこから、わが身を引き合いに考えてみると。 ■その御心ざし 朱雀院の前斎宮に対する愛情。 ■違ひ目 意に反する事態。前斎宮が冷泉帝の後宮に入ること。 ■かとほしく 前の「いとかたじけなくいとほしくて」と対応。 ■あながちなる事 無理やりなこと。強引なこと。前斎宮を入内させること。 ■つらし 源氏は須磨に下向することになったことで朱雀院をお恨みする気持ちもあったのである。 ■とばかり ちょっとの間。 ■この御返りは 源氏は朱雀院と前斎宮とのやり取りが気になる。それは源氏にとって朱雀院は恋のライバルであるが、同時に畏れ敬うべき義兄であり上皇であること、また朱雀院も源氏のことをライバルとして意識しながら一方で源氏を尊敬し信頼していること…そういった微妙な関係からきている。 ■聞こえたまへど 女別当を介して前斎宮に。 ■いとなまめききよらにて 斎宮の伊勢下向に先立つ儀式での朱雀院(当時は帝)のようす。「帝御心動きて、別れの櫛奉りたまふほど、いとあはれにて、しほたれさせたまひぬ」(【賢木 06】)。 ■御幼心 当時、斎宮は十四歳。 ■別るとて 「はるかに」は伊勢下向の儀式における「都の方におもむきたまふな」をさし、京と伊勢の遠く隔たっていることの実感をこめる。「かへりて」は「(都に)帰りて」の意と「却りて」の意をかける。 ■とばかりやありけむ 草紙文。歌の内容は資料からはわからないが、こういうものではなかったか…と作者が想像しているという風の書き方。

朗読・解説:左大臣光永

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