【薄雲 15】帝、王統乱脈の先例を調べ、源氏への譲位を考える

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原文

上は、王命婦《わうみやうぶ》にくはしき事は問はまほしう思しめせど、「今さらに、しか忍びたまひけむこと知りにけり、とかの人にも思はれじ。ただ大臣に、いかでほのめかし問ひきこえて、さきざきのかかる事の例はありけりや、と問ひ聞かむ」とぞ思せど、さらについでもなければ、いよいよ御|学問《がくもん》をせさせたまひつつ、さまざまの書《ふみ》どもを御覧ずるに、唐土《もろこし》には、顕《あら》はれても忍びても、乱りがはしきこといと多かりけり。日本には、さらに御覧じうるところなし。たとひあらむにても、かやうに忍びたらむ事をば、いかでか伝へ知るやうのあらむとする。一世の源氏、また納言大臣《なふごんだいじん》になりて後《のち》に、さらに親王《みこ》にもなり、位にも即《つ》きたまひつるも、あまたの例ありけり。人柄のかしこきに事よせて、さもや譲りきこえましなど、よろづにぞ思しける。

現代語訳

帝は、王命婦に詳しいことは問いただそうとおぼしめされるが、「今になって、母宮がそんなふうに隠していらしたことを知ってしまった、とかの人(王命婦)にも思われたくない。ただ源氏の大臣に、どうにかしてほのめかしてお尋ね申し上げて、過去にこうした事例はあるのだろうかと質問しよう」とおぼしめされるが、まったくそうした機会もなかったので、いよいよ御学問をなさりつつ、さまざまの書物を御覧になるにつけ、唐土には、表に出たものでも、内密なものでも、王統が乱れたような例はとても多いのであった。日本には、まったくお見出しになれる例がない。たとえそうした例があったとしても、このように秘密にしているだろう事を、どうして伝え知るすべがあろうか。

一世の源氏が、また納言・大臣になった後で、もう一度親王になり、帝位におつきになったのも、多くの例があるのだった。

帝は、源氏の大臣の人柄の賢明であるのに事よせて、そうやって譲位申し上げたいなど、あれこれお考えあそばすのだった。

語句

■かかる事の例 密通により、臣下の子が帝位についた例。 ■御学問 漢学。中国の歴史書など。 ■乱りがはしきこと 王統乱脈の例。秦の始皇帝は荘襄王の子として即位したが、実は始皇帝の母趙姫が臣下の呂不韋と密通して生まれた子という(史記・后妃伝)。東晋の元帝は、牛金とうい軍人の隠し子であったという(魏書)。 ■日本には 清和天皇の妃、藤原高子と在原業平が密通して陽成天皇が生まれたという説があるが、『伊勢物語』の虚構に基づくことで事実無根。 ■一世の源氏… 『河海抄』には一世源氏が任官し即位した例として、光仁・光孝・宇多天皇を、また親王に復帰した例とて、是忠・是貞・兼明・盛明親王をあげる。

朗読・解説:左大臣光永

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