【少女 04】字つける儀式の後の作文会 源氏、秀逸な漢詩を詠む

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原文

事果ててまかづる博士《はかせ》、才人《さいじん》ども召して、またまた文《ふみ》作らせたまふ。上達部殿上人も、さるべきかぎりをば、みなとどめさぶらはせさせたまふ。博士の人々は四韻《しゐん》、ただの人は、大臣《おとど》をはじめたてまつりて、絶句《ぜく》作りたまふ。興ある題の文字選《え》りて、文章博士奉る。短きころの夜なれば、明けはててぞ講ずる。左中弁|講師《かうじ》仕うまつる。容貌《かたち》いときよげなる人の、声《こわ》づかひものものしく神さびて読みあげたるほど、いとおもしろし。おぼえ心ことなる博士なりけり。かかる高き家に生まれたまひて、世界の栄華《えいぐわ》にのみ戯れたまふべき御身をもちて、窓の螢を睦《むつ》び、枝の雪を馴らしたまふ志《こごろざし》のすぐれたるよしを、よろづの事によそへなずらへて心々に作り集めたる、句ごとにおもしろく、唐土《もろこし》にも持て渡り伝へまほしげなる世の文どもなりとなむ、そのころ世にめでゆすりける。大臣の御《おほむ》はさらなり、親めきあはれなることさへすぐれたるを、涙落して誦《ず》じ騒ぎしかど、女のえ知らぬことまねぶは、憎きことをと、うたてあれば漏らしつ。

現代語訳

字をつける儀式が終わって退出する博士や詩文の才にすぐれた者たちを召して、またまた漢詩をお作らせになる。

上達部、殿上人も、詩文に心得のある者を、みなお引き止めになり残らせなさる。学者側の人々は律詩を、しろうとは、源氏の大臣をはじめとして、絶句をお作りなさる。

興ある題の文字を選んで、文章博士がさしあげる。夜が短い時分であるので、すっかり夜が明けてから披講する。左中弁が講師《こうじ》をおつとめする。たいそう顔立ちが整った人で、声の調べも仰々しく神がかって読み上げている様子が、まことに風情がある。この人は世間の評判も格別な博士なのである。若君(夕霧)が、このような高貴な家柄にお生まれになって、世の栄華にひたすら戯れていてもいいご身分であるのに、窓の螢を友とし、枝の雪に親しみなさる、その志がいかにすぐれているかということを、思いつくかぎりの故事になぞらえ見立てて、思い思いに作り集めたのは、どの句も素晴らしく、本場の唐土に持っていって伝えたくなるほどのすぐれた作品ばかりであったと、その当時世が大騒ぎして絶賛した。

その中でも源氏の大臣の御作のすばらしさは言うまでもなく、親らしいしみじみした愛情までも詠み込んで見事なのを、人々は涙を落として朗唱し騒いだけれど、女のよく知らないことを書き立てるのは、憎らしいことと、いやらしく思われるので、省いた。

語句

■博士 文章博士とその他の儒者たち。 ■文 漢詩。 ■四韻 五言律詩。律詩は四箇所(偶数句末尾)に韻を踏むから。七言律詩は第一句末尾にも韻を踏む。 ■絶句 五言絶句。五言四句からなり、二句と四句の末尾で韻を踏む。七言絶句は一句の末尾にも韻を踏む。 ■題の文字 漢詩の題。通常、五言(五文字)。 ■文章博士 文章道の博士。 ■講ずる 講師が詩を読み上げて披露すること。 ■左中弁 弁官の次官。弁官は太政官に属し、左右にわかれ、おのおの大・中・少がある。太政官内の庶務をつかさどる。 ■窓の螢を睦び、枝の雪を馴らし 「窓の螢」は『晋書』や『蒙求』に見える車胤の故事。「枝の雪」は『孫子世録』に見える孫康の故事。いわゆる蛍雪の功。 ■よろづの事によそへて 思いつく限りの故事によそえて。 ■御 御作。 ■さらなり 言うまでもない。源氏は何をやらせてもすぐれているので、詩がすぐれているなどということは、今さら言うまでもないの意。 ■女のえ知らぬことまねぶは… 以下、作者の言葉。漢詩文は女の関わることではないとされた。紫式部は漢学者藤原為時の娘で漢詩文の素養が深かった。しかしそれを表に出さず、隠してさえいたという(紫式部日記)。

朗読・解説:左大臣光永

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