【少女 05】夕霧、二条院東院で勉学に励む

原文

うちつづき、入学《にふがく》といふ事せさせたまひて、やがてこの院の内《うち》に御|曹司《ざうし》つくりて、まめやかに、才《ざえ》深き師に預けきこえたまひてぞ、学問せさせたてまつりたまひける。大宮の御もとにも、をさをさ参《ま》うでたまはず。夜昼《よるひる》うつくしみて、なほ児《ちご》のやうにのみもてなしきこえたまへれば、かしこにてはえもの習ひたまはじとて、静かなる所に籠《こ》めたてまつりたまへるなりけり。一《ひと》月に三《み》たびばかりを、参りたまへとぞ、許しきこえたまひける。

つと籠《こも》りゐたまひて、いぶせきままに、殿を「つらくもおはしますかな。かく苦しからでも、高き位に昇《のぼ》り、世に用ゐらるる人はなくやはある」と思ひきこえたまへど、おほかたの人柄まめやかに、あだめきたるところなくおはすれば、いとよく念じて、いかでさるべき書《ふみ》どもとく読みはてて、まじらひもし、世にも出でたらん、と思ひて、ただ四五月《よつきいつつき》のうちに、史記《しき》などいふ書《ふみ》は、読みはてたまひてけり。

現代語訳

源氏の大臣は、ひき続き、入学の儀ということをおさせになって、そのままこの東院の中に若君(夕霧)のお部屋をつくって、学識の深い師にお預けになって、まじめに学問をするようになさる。今はもう、若君は、祖母である大宮の御もとにも、滅多においでにならない。それは、大宮が夜も昼も若君を可愛がって、今もなお子供扱いしていらっしゃるので、あちらの御邸では勉強にはならないだろうということで、静かな所にお入れになったのであった。一月に三度ほどは祖母君のもとにおいでなさいと、お許しになられたのであった。

若君はじっとお部屋に籠もっていらして、気が晴れないままに、殿を「ひどい仕打ちをなさるものだ。こんなに苦しい思いをしなくても、高い位にのぼり、世に用いられる人もないわけではないのに」とお恨み申しあげなさるが、いったいに人柄がまじめで、うわついたところがなくていらっしゃるので、たいそうよくこらえて、なんとか必要な書物を早く読み終わって、官途につきもし、世にも出てやろう、と思って、わずか四、五か月のうちに、史記などという書物は、読み終わってしまわれのだった。

語句

■入学といふ事 入学の礼。入学に当たって師に物などを贈ること。 ■この院 二条院東院。花散里の担当。夕霧はその管理下に入る。 ■御曹司 夕霧が起居し勉強する部屋。 ■つと じっと。その場を離れず。 ■いぶせきままに 勉強ばかりで気分が晴れない。 ■さるべき書ども 当然読むべき漢籍。『史記』『漢書』『後漢書』など。 ■まじらひ 官途につくこと。 ■史記 漢の司馬遷による史書。全百三十巻。黄帝から前漢の武帝までを紀伝体でしるす。当時の官人の基礎教養。

朗読・解説:左大臣光永

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