【少女 15】内大臣、雲居雁への監督について女房たちを責める 大宮、内大臣を恨む

姫君は、何心《なにごころ》もなくておはするに、さしのぞきたまへれば、いとらうたげなる御さまをあはれに見たてまつりたまふ。「若き人といひながら、心幼くものしたまひけるを知らで、いとかく人並々にと思ひける我こそ、まさりてはかなかりけれ」とて、御|乳母《めのと》どもをさいなみたまふに、聞こえん方なし。「かやうのことは、限りなき帝の御いつきむすめも、おのづからあやまつ例《ためし》、昔物語《むかしものがたり》にもあめれど、けしきを知り伝ふる人、さるべき隙《ひま》にてこそあらめ。これは、明け暮れ立ちまじりたまひて年ごろおはしましつるを、何かは、いはけなき御ほどを、宮の御もてなしよりさし過ぐしても、隔てきこえさせん、とうちとけて過ぐしきこえつるを、一昨年《をととし》ばかりよりは、けざやかなる御もてなしになりにてはべるめるに、若き人とてもうち紛《まぎ》ればみ、いかにぞや、世づきたる人もおはすべかめるを、ゆめに乱れたるところおはしまさざめれば、さらに思ひ寄らざりけること」と、おのがどち嘆く。「よし、しばしかかること漏らさじ。隠れあるまじき事なれど、心をやりて、あらぬ事とだに言ひなされよ。いまかしこに渡したてまつりてん。宮の御心のいとつらきなり。そこたちは、さりとも、いとかかれとしも思はれざりけん」とのたまへば、いとほしき中にも、うれしくのたまふと思ひて、「あないみじや。大納言殿に聞きたまはんことをさへ思ひはべれば、めでたきにても、ただ人《うど》の筋は何のめづらしさにか思ひたまへかけん」と聞こゆ。姫君は、いと幼げなる御さまにて、よろづに申したまへども、かひあるべきにもあらねば、うち泣きたまひて、いかにしてかいたづらになりたまふまじきわざはすべからんと、忍びてさるべきどちのたまひて、大宮をのみ恨みきこえたまふ。

宮はいといとほしと思す中にも、男君の御かなしさはすぐれたまふにやあらん、かかる心のありけるも、うつくしう思さるるに、情なくこよなきことのやうに思しのたまへるを、「などかさしもあるべき。もとよりいたう思ひつきたまふことなくて、かくまでかしづかんとも思したたざりしを、わがかくもてなしそめたればこそ、春宮《とうぐう》の御事をも思しかけためれ、とりはづして、ただ人《うど》の宿世《すくせ》あらば、この君より外《ほか》にまさるべき人やはある。容貌《かたち》ありさまよりはじめて、等しき人のあるべきかは。これより及びなからん際《きは》にもとこそ思へ」と、わが心ざしのまさればにや、大臣を恨めしう思ひきこえたまふ。御心の中《うち》を見せたてまつりたらば、ましていかに恨みきこえたまはん。

現代語訳

姫君(雲居雁)は、無邪気なさまで部屋にいらっしゃると、父内大臣がお覗きになられると、たいそう可愛らしいご様子をしみじみと愛しく御覧になる。(内大臣)「年端もいかないとはいえ、こんな無分別でいらっしゃるとも知らず、どうにかして人並みにご出世させたいと思っていた私こそ、はるかに浅はかであったのだ」といって、御乳母たちをお責めなさるのだが、何と申し上げようもない。

(乳母)「こうしたことは、この上なく大切な帝の御皇女さまでも、ふと過ちを犯す例が、昔物語にもあるようですが、それは事情を知ってなかだちをする人が、しかるべき隙を見て手引をするからそんなことが起こるのでしょう。姫君(雲居雁)と若君(夕霧)の場合は、明けても暮れても長年ご一緒にいらしたのを、どうして、まだ幼いお年ごろなのに、大宮のなさりようを過ぎてまで、お二人の仲をおさきする必要があるだろうかと、うっかり過ごしておりましたのを、一昨年ごろからは、はっきりとお二人を隔てることにするようにいたしましたようですし、幼い人といってもとかく人に隠れて、どうしたことか、色めいたことをする人もいらっしゃるようですが、この若君はまったくそのような浮ついたところがなくていらっしゃるようなので、まったく思いも寄らなかったことです」と、各自嘆きあっている。

(内大臣)「もうよい。しばらくこうしたことは隠しておこう。隠し通せる事ではないが、気をつけて、事実無根だと言い繕うようにせよ。今にあちらに姫君をお移し申そう。それにしても大宮のお気持がたいそう恨めしいことである。しかしお前たちは、ぜひこうなってほしいなどと、よもや思わなかったろうな」とおっしゃると、乳母たちは、姫君にはお気の毒だが、そうおっしゃられたことをうれしく思って、(乳母)「とんでもない。大納言殿がどうお聞きになられるかということまで気を遣っておりますので、いくらご立派な相手とはいえ、臣下の家柄では何のよいことに思われましょうか」と申し上げる。

姫君は、たいそう子供っぽい御ようすで、あれこれ申されたところで、おわかりにもならなさそうなので、内大臣はついお泣きになって、どうにかしてこの姫君がつまらないことにおなりにならないように事を運ぼうと、こっそりと、しかるべき女房たちにご相談になって、ひたすら大宮をお恨み申しあげている。

大宮は、孫たちがたいそう可愛いとお思いになるが、その中でも男君(夕霧)の可愛さは格別でいらっしゃるのだろう、若君にこうした幼い恋心があったのも、可愛らしいことにお思いになっていらっしゃる。それを、内大臣が何の思いやりもなく、けしからんことのように思い、またそうおっしゃることを、(大宮)「何でそんなことがありますか。もともと内大臣は、さして姫君のことは大切に思っていらっしゃず、ここまで大事に育てようというおつもりもなかったのを、私がこうしてお世話してきたからこそ、東宮妃に立てることも思いついたのです。その望みが外れて、臣下と結ばれる運命であったなら、この君(夕霧)よりすぐれている人が他にあるでしょうか。容貌や態度から始めて、等しい人はありますまいに。この姫君よりはるかにご立派なご身分の方でさえ、若君なら釣り合うと思いますよ」と、ご自分のお気持ちが若君贔屓だからだろうか、内大臣を恨めしく思っていらっしゃる。こうした大宮のお心の中をもし内大臣にお見せしたら、内大臣は今にもましてどんなにか恨み申されるだろう。

語句

■あはれに 内大臣は母大宮と言い争って激昂していたが、姫君(雲居雁)の可愛さに、気持ちがほだされる。 ■心幼くものしたまへる 夕霧との関係をさす。 ■人並々に 東宮に入内させて后に立てることをふくむ。 ■まさりてはかなけれ 雲居雁にもまさって。 ■さいなみたまふ 内大臣は自分の愚かさを非難する体で乳母たちを非難する。だから乳母たちとしては何とも答えようがない。 ■かようのこと 男女間のあやまち。 ■けしきを知り伝ふる人 双方の気持を知って媒をする人。多くは女房(伊勢物語五段)。 ■隙 人が見ていないすきをついて、男女の密会を実現させるのである。 ■これは 夕霧と雲居雁の場合は。 ■うちとけて 二人はまだ幼いし、大宮がしっかり監視しているから間違いなど起こるまいと安心していた。 ■うち紛ればみ 「ばむ」は、とかく…しがち。 ■世づきたる 「世」は男女の仲。 ■言ひなす 事実と違うことをあえて言う。 ■かしこに 雲居雁を二条の内大臣邸に。 ■いとほしき中にも 雲居雁が大宮および夕霧から引き裂かれることはお気の毒だが。 ■うれしく 非難が自分たちから大宮にそれたのでほっとした。 ■大納言殿 按察使大納言。雲居雁の母の再婚相手。 ■めでたきにても 夕霧のことをいう。 ■いたづらに 東宮妃になれないことをいう。 ■さるべきどち 頼りになりそうな乳母や女房たち。 ■かかる心 雲居雁への恋心。 ■情けなく 内大臣が思いやりもなく。 ■とりはずして 希望していたこと(東宮妃に立てること)の当てがはずれて。

朗読・解説:左大臣光永

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