【少女 16】大宮、雲居雁との関係について夕霧にさとす

かく騒がるらんとも知らで、冠者《くわざ》の君参りたまへり。一夜《ひとよ》も人目しげうて、思ふことをもえ聞こえずなりにしかば、常よりもあはれにおぼえたまひければ、タつ方おはしたるなるべし。宮、例は是非《ぜひ》知らずうち笑みて待ちよろこびきこえたまふを、まめだちて物語など聞こえたまふついでに、「御事により、内大臣《うちのおとど》の怨《ゑん》じてものしたまひにしかば、いとなんいとほしき。ゆかしげなきことをしも思ひそめたまひて、人にもの思はせたまひつべきが心苦しきこと。かうも聞こえじ、と思へど、さる心も知りたまはでや、と思へばなん」と聞こえたまへば、心にかかれることの筋なれば、ふと思ひよりぬ。面《おもて》赤みて、「何ごとにかはべらん。静かなる所に籠《こも》りはべりにし後、ともかくも人にまじるをりなければ、恨みたまふべきことはべらじ、となん思ひたまふる」とて、いと恥づかしと思へる気色を、あはれに心苦しうて、「よし、今よりだに用意したまへ」とばかりにて、他事《ことごと》に言ひなしたまうつ。

現代語訳

こんなに騒がれていることも知らず、冠者の君(夕霧)が大宮のもとにおいでになった。昨夜も人目が多くて、思うことを伝えることもできずじまいだったので、いつもよりも切ないお気持ちでいらしたので、こうして夕暮れにおいでになったのであろう。

大宮は、いつもなら是も非もなく、にこにこして若君を待っていて、喜んでお話なさるのだが、今回は真顔になられて、お話などなさるついでに、(大宮)「あなたのことで、内大臣が私に恨みがましいことをおっしゃったので、ひどく傷つきましたよ。あまり感心しないことにお心を奪われて、人を心配させなさるのが、心苦しいことです。こんな小言は申しあげまい、と思いましたが、そうした事情もご存知ないのでは、と思いましたので」とお話になると、若君は、お心当たりがあることなので、すぐに思いあたった。顔を赤くして、(夕霧)「何の事でございましょうか。静かな所に籠もって勉強を始めましてからは、何にしても人と交わる折がなかったので、内大臣が私をお恨みになることはございますまい、と存じます」といって、ひどく恥ずかしがっている面持ちを、しみじみといじらしくお思いになって、(大宮)「まあよいです。これからはせめて、ご注意ください」とだけで、他のことに言い紛らわせてしまわれた。

語句

■一夜 昨夜の笛の奏した晩。内大臣も、その他の人々もいたので、雲居雁と話すことができなかった。それが夕霧には切ない。 ■夕つ方 日中は心乱れて勉強に身が入らず、課業が終わるとすぐに来たのだろう。 ■是非知らず 是も非もなく。 ■まめだちて 真顔になって。「だつ」は何となくそういう様子である。 ■御事により 貴方と雲居雁との件によって。 ■怨じて 「怨ず」は恨み言を言う。 ■いとほしき わが身が気の毒である。 ■ゆかしげなきこと 従兄弟どうしの結婚というつまらないこと。大宮は本心では二人の結婚を望むほうに傾いているのだが。 ■人にもの思はせ 「人」はここでは大宮。 ■さる心 内大臣が夕霧と雲居雁の関係を知って怒っていること。 ■静かなる所 二条院東院の学問所。 ■あはれに心苦しうて 夕霧が話をはぐらかそうとしていることは大宮にはバレバレなのだが、その必死な態度がいじらしくて、大宮はこれ以上の追求をしないのである。 ■他事に 雲居雁とのことでないように言いまぎらわせた。もとより大宮は夕霧贔屓であり、あまり追い詰めたくはないのである。

朗読・解説:左大臣光永

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