【少女 20】大宮、雲居雁と惜別 宰相のいらだち

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原文

宮の御文にて、「大臣こそ恨みもしたまはめ、君は、さりとも心ざしのほども知りたまふらん。渡りて見えたまへ」と聞こえたまへれば、いとをかしげにひきつくろひて渡りたまへり。十四になんおはしける。片なりに見えたまへど、いと児《こ》めかしう、しめやかに、うつくしきさましたまへり。「かたはら避《さ》けたてまつらず、明け暮れのもてあそびものに思ひきこえつるを、いとさうざうしくもあるべきかな。残り少なき齢《よわひ》のほどにて、御ありさまを見はつまじきことと、命をこそ思ひつれ。今さらに見棄ててうつろひたまふや、いづちならむ、と思へば、いとこそあはれなれ」とて泣きたまふ。姫君は恥づかしきことを思せば、顔ももたげたまはで、ただ泣きにのみ泣きたまふ。男君の御乳母、宰相の君出で来て、「同じ君とこそ頼みきこえさせつれ。口惜しくかく渡らせたまふこと。殿は他《こと》ざまに思しなることおはしますとも、さやうに思しなびかせたまふな」など、ささめき聞こゆれば、いよいよ恥づかしと思して、ものものたまはず。「いで、むつかしきことな聞こえられそ。人の御|宿世《すくせ》宿世のいと定めがたく」とのたまふ。「いでや、ものげなしと侮《あなづ》りきこえさせたまふにはべるめりかし。さりとも、げに、わが君や人に劣りきこえさせたまふ、と聞こしめしあはせよ」と、なま心やましきままに言ふ。

現代語訳

大宮からのお手紙で、「内大臣こそ私を恨んでもいらっしゃいましょうが、貴女は、こんなことになったとしても、私の気持がどんなかはご存知でありましょう。こちらにおいでになってお顔をお見せください」と申されたので、姫君はたいそう愛らしげにお召し物を調えて、おいでになった。十四歳でいらっしゃったのだった。まだ大人っぽくはお見えにならないが、たいそうおっとりして、しとやかで、可愛らしげなご様子をしていらっしゃる。(大宮)「貴女を側からお離ししないで、明け暮れの慰み相手と存じ上げてまいりましたが、これからはひどく寂しいことになりましょうね。残り少ない齢なので、貴女のご将来を見届けることができないだろうと、この寿命が悲しいと思っているのです。いまさら余命いくばくもない私を見捨ててお移りになる先が、どこなのかと思うと、たいそう悲しいのです」といってお泣きになる。

姫君は、自分と若君との恥ずかしいことがそもそもの発端と思えば、顔もお上げにならず、ただひたすら泣いていらっしゃる。

男君(夕霧)の御乳母、宰相の君が出てきて、(宰相)「姫君のことを若君と同じように主君としてお頼み申して参りましたのに。残念にもお移しになられること。内大臣殿が別の御方との御結婚をとお考えになられることがございましても、そんなお考えはなさらないでください」など、ひそひそと申し上げるので、姫君はいよいよ恥ずかしく思って、ものもおっしゃらない。

(大宮)「これ、難しいことを姫君に申してはなりませんよ。人の御運命はそれぞれで、ほんとうにわからないのですから」とおっしゃる。

(宰相)「いえいえ、内大臣殿は若君のことを一人前でないと侮り申していらっしゃるのでしょうよ。今はそうであっても、実際わが君が人に劣っていらっしゃるかどうか、人にお聞きにあわせになってみればよろしいのです」と、何となく腹が立つのに任せて言う。

語句

■宮の御文にて 内大臣が去った後、大宮は雲居雁に手紙を書いた。 ■さりとも 夕霧と引き裂かれ、この邸から移されてしまっても。 ■片なり まだ十分に大人ぽくなってはいないさま。 ■今さらに… 老い先短い私を捨てて今さら移っていく先がすばらしい所ならまだしも、継母の所では目も当てられないの意。 ■同じ君と 貴女(雲居雁)を若君(夕霧)と同じように主君として頼みにしてまいりましたのに。 ■殿は他ざまに思しなることおはしますとも 内大臣は貴女を別の人と結婚させようとお考えになることがございましても。 ■いよいよ恥づかし 自分の乳母ではない宰相までが言ってきたので。 ■人の御宿世宿世 大宮は二人が結ばれないことを「宿世」という言葉で無理やり自分に納得させようとしている。内心は宰相と同じく二人が結ばれてほしいと思っているのだが。  ■いでや 大宮の「いで」を受けて、より強く否定の意味合いがこもっている。 ■さりとも 今は六位に甘んじているとはいっても。 ■なま心やましき なんとなく腹の立つのにまかせて。宰相は夕霧の乳母として、夕霧が侮辱されたことががまんできない。

朗読・解説:左大臣光永

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