【玉鬘 12】源氏、玉鬘に文を贈り様子をさぐる 玉鬘の返歌

原文

かく聞きそめて後《のち》は、召し放ちつつ、「さらば、かの人、このわたりに渡《わた》いたてまつらん。年ごろもののついでごとに、口惜しうまどはしつる事を思ひ出でつるに、いとうれしく聞き出でながら、今までおぼつかなきも、かひなきことになむ。父大臣には何か知られん。いとあまたもて騒がるめるが、数ならで、今はじめ立ちまじりたらんが、なかなかなることこそあらめ。我はかうさうざうしきに、おぼえぬ所より尋ね出だしたるとも言はんかし。すき者どもの心尽くさするくさはひにて、いといたうもてなさむ」など語らひたまへば、かつがついとうれしく思ひつつ、「ただ御心になむ。大臣《おとど》に知らせたてまつらむとも、誰かは伝へほのめかしたまはむ。いたづらに過ぎものしたまひしかはりには、ともかくもひき助けさせたまはむことこそは、罪|軽《かろ》ませたまはめ」と聞こゆ。「いたうちかこちなすかな」とほほ笑みながら、涙ぐみたまへり。「あはれに、はかなかりける契りとなむ、年ごろ思ひわたる。かくて集《つど》へる方々の中に、かのをりの心ざしばかり思ひとどむる人なかりしを、命長くて、わが心長さをも見はべるたぐひ多かめる中に、言ふかひなくて、右近ばかりを形見に見るは、口惜しくなむ。思ひ忘るる時なきに、さてものしたまはば、いとこそ本意《ほい》かなふ心地すべけれ」とて、御消息奉れたまふ。かの末摘花《すゑつむはな》の言ふかひなかりしを思し出づれば、さやうに沈みて生ひ出でたらむ人のありさま、うしろめたくて、まづ文のけしきゆかしく思さるるなりけり。ものまめやかに、あるべかしく書きたまひて、端《はし》に、「かく聞こゆるを、

知らずとも尋ねてしらむ三島江に生ふる三稜《もくり》のすぢは絶えじを」

となむありける。御文、みづからまかでて、のたまふさまなど聞こゆ。御|装束《さうぞく》、人々の料《れう》などさまざまあり。上にも語らひ聞こえたまへるなるべし。御匣殿《みくしげどの》などにも、設《まう》けの物召し集めて、色あひ、しざまなどことなるを、と選《え》らせたまへれば、田舎《ゐなか》びたる目どもには、ましてめづらしきまでなむ思ひける。

正身《さうじみ》は、「ただかごとばかりにても、実《まこと》の親の御けはひならばこそうれしからめ、いかでか知らぬ人の御あたりにはまじらはむ」とおもむけて、苦しげに思したれど、あるべきさまを、右近聞こえ知らせ、人々も、「おのづから、さて人だちたまひなば、大臣の君も尋ね知り聞こえたまひなむ。親子の御契りは、絶えてやまぬものなり。右近が、数にもはべらず、いかでか御覧じつけられむ、と思ひたまへしだに、仏神《ほとけかみ》の御導きはべらざりけりや。まして、誰も誰もたひらかにだにおはしまさば」と、みな聞こえ慰む。まづ御返りをと、せめて書かせたてまつる。いとこよなく田舎びたらむものを、と恥づかしく思いたり。唐《から》の紙のいとかうばしきを取り出でて、書かせたてまつる。

数ならぬみくりやなにのすぢなればうきにしもかく根をとどめけむ

とのみほのかなり。手は、はかなだちて、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心おちゐにけり。

現代語訳

こうしてこの話を聞き知ってからは、源氏の大臣は右近ひとりだけをお召しになられては、「ならば、その人を、このあたりにお移し申し上げよう。長年なにかの折ごとに、行方がわからなくなった事を思い出すにつけ残念に思っていたので、無事でいることを聞き出したのはとてもうれしいが、今まで連絡を取らなかったのも、つまらないことであったよ。父大臣(内大臣)には知らせる必要はなかろう。子供たちがとても多くて大騒ぎをなさっているようなので、人数でもない身で、今はじめてそこに加わるのは、かえって辛いこともあるだろう。私はこんなふうに子が少なくて寂しいので、思わぬ所から尋ね出したのだとでも人には説明しておこう。好寄者たちに気をもませる種として、まことに大切にお世話しよう」などお語らいになると、右近はとにもかくにも嬉しく思いつつ、(右近)「ただ御心のままに。内大臣にお知らせ申し上げるとしても、他に誰がそれとなくお伝えなさることができましょう。はかなくも亡くなってしまわれた人(夕顔)のかわりとしては、ともかくも姫君(玉鬘)の手を引いてお世話申しあげなさることこそは、罪滅ぼしをなさることでございましょう」と申し上げる。(源氏)「いやに批判じみたことを言うものだね」とほほ笑みながら、涙ぐまれる。

(源氏)「しみじみと愛しく、はかなかい関係だったと、長年私は思いつづけていたのだよ。こうして集まっている方々の中に、あの時と同じくらい強い愛情を持っている人はいなかったのを、こうして長生きして、自分自身の気長さを見せつけらるような方も多いのだ。その中に、かの女君(夕顔)は、言っても仕方のないことになって、右近ぐらいを形見に見るのは、残念であったのだ。片時も忘れられないのだから、姫君(玉鬘)が、その方々のように私のもとにいらしてくださるのなら、ほんとうに望みがかなう気持がするに違いない」といって、お手紙を差し上げなさる。

源氏の大臣は、あの末摘花がどうしようもなく落ちぶれていたのがつい思い出されるので、そのように落ちぶれた境遇でお育ちになっていらっしゃるだろう人のご様子が心配で、まずは手紙の書きようを確かめたく思われるのだった。ごく事務的に、今の状況にふさわしい文面をお書きになって、その末に、(源氏)「こう申しあげますが、

知らずとも…

(ご存知なくても、人に尋ねたら知れるでしょう。三島江に生えている三稜の筋が絶えないように、血筋がつながっているのですから)

とあったのだった。お手紙を、右近は御前を下がってから、自分自身でお届けして、殿(源氏の大臣)の仰せ言などを申し上げる。姫君に差し上げる御装束や、女房たちへのお礼の衣料など贈り物がいろいろある。上(紫の上)にも殿はご相談申しあげなさったようだ。御匣殿《みくしげどの》などにも、用意してある品をお取り集めになって、色あい、仕立てなどが特別なのをお選びになっているので、田舎じみた人々の目には、いっそうめずらしいまでに思うのだった。

姫君(玉鬘)自身は、「ただほんの少しでも、実の親のおたよりであったら嬉しいでしょうに、どうして知らない人の御あたりに出かけていけましょう」というお気持ちで、苦しげにお思いになっていたが、どうふるまったらよいかを右近がお教え申しあげて、人々も、「自然と、そうやって一人前におなりあそばされましたら、内大臣の君も姫君のことを聞き知ってご存知になられますでしょう。親子の御縁は切れたままではすまないものです。右近が、人の数にも入らない身でございますが、なんとか姫君をお見つけ申しあげたいと願っておりましたその願いさえ、仏神の御導きがございましたでしょう。まして姫君のご念願となれば、どなたもご無事でいらっしゃりさえすれば、きっとそのうちお逢いできましょう」と、みなで申しあげてお慰めす申し上げる。まずは御返事をと、姫君(玉鬘)におすすめしてお書かせ申し上げる。自分の書く文など、たいそうひどく田舎じみているだろうにと、姫君は恥ずかしくお思いになっていらっしゃる。唐の紙の、たいそうよい香りがするのを取り出して、お書かせ申し上げる。

(玉鬘)数ならぬ…

(人の数にも入らない身でありながら、なんの筋があって私は、三稜が泥に根をおろすように、このいやな世の中に生まれてきたのでしょうか)

とだけかすかに書いてある。筆跡は、はかない感じで、弱々しいが、品があり、悪くはないので、大臣(源氏)は、ご安心なさった。

語句

■召し放ちつつ 紫の上のいる前では右近が話しづらいだろうと気を遣って、源氏は自分一人でいる時に右近を召し出すのである。 ■このわたり 六条院。 ■うれしく聞き出でながら 玉鬘が無事であるということを。 ■なかなかなること なまじ内大臣の子として認められたために、かえって中途半端で具合の悪いことになるということ。たとえば兄弟の中で最下位に扱われて屈辱的な思いをするなど。 ■尋ね出したる 実子を。源氏は若い頃からほうぼうに愛人が多いので、この説明は説得力がある。源氏は玉鬘を実の娘として育てようとしている。 ■すき者どもの心尽くさする 源氏自身が玉鬘に好色な興味を抱くと同時に、若い公達を玉鬘に言い寄らせることにも倒錯した興味を抱いているのである。後に螢兵部卿宮のエピソードにつながる。 ■ただ御心になむ 下に「あるべき」を補う。 ■誰かは 貴方以外の誰が。貴方しかいらっしゃいませんの意。 ■罪軽ませたまはめ 右近は夕顔を死なせた責任が源氏にあると考えており、一言釘をさすことを忘れない。 ■契り 夕顔と源氏の縁。 ■かくて集へる方々 六条院に集められた源氏の愛人たちのこと。 ■かのをりの心ざしばかり 夕顔のもとに通った時の愛情ほど。 ■わが心長さ 源氏は長い年月経っても若い頃愛した女性への愛情が衰えないことを見出し、我ながら驚くのである。 ■たぐひ 花散里や末摘花など。 ■言ふかひなくて 夕顔急逝のこと。 ■形見 夕顔を思い出す手立てとなるひと。 ■さてものしたまはば 「さ」は「命長くて、わが心長さをも見はべるたぐひ」をさす。 ■知らずとも… 「三島江に…三稜の」は「すぢ」の序詞。「三島江」は大阪府高槻市三島江。淀川中流右岸の歌枕。「三稜《みくり》」は多年草の植物。葉の筋が多いことから「すぢ」の序とした。玉鬘の父は内大臣であり、源氏は内大臣と義兄弟の関係。だから玉鬘と源氏は縁が深いのだという意をのせる。ややふくみのある詠みっぷりに玉鬘の反応を見たいという源氏の意図が見える。 ■正身 玉鬘本人。 ■実の親 内大臣。 ■あるべきさま 六条院で源氏の庇護下に入ること。 ■人々 乳母や兵部の君(乳母の娘)。 ■さて人だちたまひなば 「さて」は六条院に移り住んで。 ■仏神 長谷観音や八幡宮。 ■まして 右近のような人数にはいらない者の願いさえ聞き入られたのだから、まして高貴な姫君の願いが聞き入られないはずはないの意。 ■誰も誰も 内大臣と玉鬘が。 ■おはしまさば 下に「お逢いできます」の意を補って読む。 ■唐の紙 中国製の紙。 ■数ならぬ… 「みくりや」の「み」に「身」を、「う(憂)き」に「うき(泥)」をかける。 ■ほのかなり 墨つきが薄いこと。 ■御心おちゐにけり 源氏は、文面から、玉鬘が筑紫の田舎育ちとはいえ人柄が劣ってはいないことがわかって、安心する。

朗読・解説:左大臣光永

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