【玉鬘 13】源氏、玉鬘の居所を定め、紫の上に夕顔の件を打ち明ける

住みたまふべき御方御覧ずるに、「南の町には、いたづらなる対《たい》どもなどもなし。勢《いきほひ》ことに住みみちたまヘれば、顕証《けしょう》に人しげくもあるべし。中宮のおはします町《まち》は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さてさぶらふ人の列《つら》にや聞きなされむ」と思して、「すこし理《むも》れたれど、丑寅《うしとら》の町の西の対、文殿《ふどの》にてあるを、他方《ことかた》へ移して」と思す。「あひ住みにも、忍びやかに心よくものしたまふ御方なれば、うち語らひてもありなむ」と思しおきつ。

上にも、今ぞ、かのありし昔の世の物語聞こえ出でたまひける。かく御心に籠《こ》めたまふことありけるを、怨みきこえたまふ。「わりなしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。かかるついでに隔てぬこそは、人にはことに思ひきこゆれ」とて、いとあはれげに思し出でたり。「人の上にてもあまた見しに、いと思はぬ仲も、女といふものの心深きをあまた見聞きしかば、さらにすきずきしき心はつかはじ、となむ思ひしを、おのづからさるまじきをもあまた見し中に、あはれとひたぶるにらうたき方は、またたぐひなくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人の列《なみ》には、などか見ざらまし。人のありさま、とりどりになむありける。かどかどしう、をかしき筋などは後れたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」などのたまふ。「さりとも明石の列《なみ》には、立ち並べたまはざらまし」とのたまふ。なほ北の殿《おとど》をば、めざまし、と心おきたまへり。姫君の、いとうつくしげにて、何心もなく聞きたまふが、ららたければ、また、ことわりぞかしと思し返さる。

現代語訳

源氏の大臣は、姫君(玉鬘)がおすまいになるのに適した御方をお考えになると、「南の町には、空いている対などもない。威勢さかんで人がいっぱいに住んでいらっしゃるので、目立つし、人の出入りが多くもあるだろう。中宮がいらっしゃる町は、こうした人も住みやすく、のんびりしているが、そこに住まうとなると、中宮にお仕えしている人々と同列に人からみられるだろう」とお思いになって、「すこし華やかさは劣るが、丑寅の町の西の対を書庫としているのを、よそに移して、そのあとに」とお思いになる。「相住みなさるにしても、つつましく気立てのよい御方だから、お二人で仲良くお語らいになって、やっていけるだろう」とお考えを決められた。

上(紫の上)にも、今になって、あの昔の話をお話申しあげなさる。こんなふうに殿(源氏)が、御心に秘めていらしたことがあったの、上(紫の上)は、お恨み申しあげなさる。(源氏)「仕方ないのですよ。世間にある人の実話だからといって、聞かれもしないのに話を切り出すものでしょうか。こういう機会に隔てなくお話することこそ、貴女のことを他の人より格別大切に思い申しあげているということなのですよ」といって、しみじみ感慨深く昔の事を思い出していらっしゃる。

(源氏)「他人の上のこととしても数多くそういう例を見たのですが、それほど思わない仲であっても、女というものが愛憎深いのを多く見聞きしましたので、ゆめゆめ色めいた気持を持つまい、とは思っていたのですが、自然と、そうしないわけにもいかない相手もいて、多く関係を持った中に、しみじみとひたすら可愛らしいという方面では、ほかに類ない方として、その人(夕顔)のことが思い出されるのです。生きていらしたら、北の町にお住まいの人々と同列くらいには、どうしても扱わぬわけにはいかないでしょう。人の有様は、さまざまですね。才気ばしって、風流めいた方面などは劣っていたけれど、品があって可愛らしくもあったことですよ」などとおっしゃる。

(紫の上)「それでも明石の君と同列は、お扱いにならないでしょうに」とおっしゃる。上(紫の上)は、今もやはり北の御方(明石の君)をのことを目障りだとお気を許されないのである。

しかし姫君(明石の姫君)が、たいそう可愛らしくて、無心に聞いていらっしゃるのがいじらしいので、殿が明石の君をこんなにも大切になさるのも当然だと、また思い返される。

語句

■南の町 東南の町。源氏と紫の上が住む区画(【少女 33】)。 ■勢ことに 紫の上つきの女房たちが多く行き交っている。 ■顕証に 目立つこと。 ■中宮のおはします町 秋好中宮の住む西南の区画(同上)。 ■丑寅の町 花散里の住む東北の区画。 ■文殿 書庫。 ■忍びやかに心よくものしたまふ御方 花散里。彼女はおっとりして人と争わない性格。 ■思しおきつ 「おきつ」は「掟つ」。 ■前段で「上にも語らひ聞こえたまふなるべし」とあるのと同じ時に。 ■かかるついでに 玉鬘を六条院に迎え入れるこの機会に。 ■人の上にてもあまた見しに 他人の例として多く聞いた話だが…と、一般論として話すことによって自分自身の経験であることをぼかしている。 ■心深き 愛憎深いさま。執念深いさま。六条御息所がまっさきに想起される。 ■さるまじきをも 好き好きしい気持を持たずにいられない女をも。 ■北の町 西北(戌亥)の町。明石の君が住む区画。 ■さりとも明石の列には 紫の上は明石の君にライバル心を抱いて嫉妬している。 ■北の殿 明石の君。 ■姫君 明石の姫君。紫の上の養女になっている。 ■

朗読・解説:左大臣光永

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