【玉鬘 14】玉鬘、六条院に移る 花散里、後見役となる

かくいふは、九月の事なりけり。渡りたまはむこと、すがすがしくもいかでかはあらむ。よろしき童《わらは》若人《わかうど》など求めさす。筑紫《つくし》にては、口惜しからぬ人々も、京より散りぼひ来たるなどを、たよりにつけて呼び集めなどしてさぶらはせしも、にはかにまどひ出でたまひし騒ぎに、みな後らしてければ、また人もなし。京はおのづから広き所なれば、市女《いちめ》などやうのもの、いとよく求めつつ率《ゐ》て来《く》。その人の御子などは知らせざりけり。

右近が里の五条に、まづ忍びて渡したてまつりて、人々選《え》りととのへ、装束《さうぞく》ととのへなどして、十月にぞ渡りたまふ。大臣、東《ひむがし》の御方に聞こえつけたてまつりたまふ。「あはれと思ひし人の、もの倦《う》じしてはかなき山里に隠れゐにけるを、幼き人のありしかば、年ごろも人知れず尋ねはべりしかども、え聞き出ででなむ、女になるまで過ぎにけるを、おぼえぬ方よりなむ聞きつけたる時にだにとて、移ろはしはべるなり」とて、「母も亡くなりにけり。中将を聞こえつけたるに、あしくやはある。同じごとうしろみたまへ。山がつめきて生ひ出でたれば、鄙《ひな》びたること多からむ。さるべく事にふれて教へたまへ」と、いとこまやかに聞こえたまふ。「げに、かかる人のおはしけるを、知りきこえざりけるよ。姫君の一ところものしたまふがさうざうしきに、よきことかな」と、おいらかにのたまふ。「かの親なりし人は、心なむあり難きまでよかりし。御心もうしろやすく思ひきこゆれば」などのたまふ。「つきづきしくうしろむ人なども、事多からで、つれづれにはべるを、うれしかるべきことになむ」とのたまふ。殿の内の人は、御むすめとも知らで、「なに人《びと》、また尋ね出でたまへるならむ。むつかしき古物《ふるもの》あつかひかな」と言ひけり。御車三つばかりして、人の姿どもなど、右近あれば、田舎びずしたてたり。殿よりぞ、綾何《あやなに》くれと奉れたまへる。

現代語訳

このようなことがあったのは、九月のことであった。姫君(玉鬘)の六条院へのお移りは、そうすんなりとも行かないのであった。乳母は、少しはましな童、若女房などを探させる。筑紫では、悪くない女房たちも、京より流れてきたのなどを、つてに任せて呼び集めなどして仕えさせていたが、急にさまよい出ていらした騒ぎに、みな後に残してきたものだから、ほかに人もいない。しかし京は広い所なので、自然と、市女などといったものが、たいそうよく探し求めては、連れてくる。ただしそうした新参者に対しては、姫君が誰それの御子などとは知らせなかった。

右近の里である五条の家に、まずはひっそりと姫君(玉鬘)をお移し申しあげて、女房たちを選びととのえて、装束もととのえなどして、十月に六条院においでになる。

源氏の大臣は、東の御方(花散里)にお頼み申される。(源氏)「愛しく思った人が、私との関係が嫌になって、ちょっとした山里に隠れていましたのを、私との間に幼い子があったので、長年人知れず探してございましたが、聞き出すこともできず、年頃になるまで過ぎてしまったのを、思わぬ方面から耳に入れましたので、せめて今からでもと、お迎えするのでございます」といって、「母も亡くなったのです。中将(夕霧)の養育を貴女(花散里)にお任せしましたが、まずかったでしょうか。同じように面倒をみてやってくださいませ。彼女(玉鬘)は山賤のような有様で育っているので、田舎じみたところが多いでしょう。しかるべく万事につけてあなたがお教えください」と、たいそう熱心にお願い申される。

(花散里)「なるほど、こうした人がいらっしゃったことを、存じ上げませんでしたよ。姫君(明石の姫君)が御一人だけいらっしゃるのが物足りないことですから、よいことですよ」と、おおらかにおっしゃる。

(源氏)「その親であった人は、気立てが滅多にないほどに素晴らしかったのです。貴女の御気性も、安心できると私は存じ上げておりますので、この娘(玉鬘)の養育をおまかせするのです」などとおっしゃる。

(花散里)「私にふさわしくお世話申し上げる方(夕霧)なども、手のかかることが少ないので、退屈でございましたので、うれしいことですよ」とおっしゃる。

六条院の中の女房たちは、殿の御むすめとも知らずに、「どういう人を、また尋ねだしていらしたのかしら。やっかいな古物いじりですこと」と言うのだった。

御車三両ばかりで、お仕えする女房たちの服装なども、右近がいるので、田舎じみないように仕立ててある。殿(源氏)から、綾織物やら何やら、差し上げなっていたのだ。

語句

■渡りたまはむこと 玉鬘が六条院に移り住むこと。 ■すがすがしくもいかで すんなりともいかず。源氏は玉鬘を実の娘という形で六条院に迎え入れる。そのための工作に時間がかかったのだろう。 ■にはかにまどひ出でたまひし騒ぎ 大夫監からの求婚を避けて逃げるように筑紫を出てきたこと。 ■市女 市場で物を売る女。行商や周旋業を兼ねる者もいた。 ■右近が里の五条 右近の里が五条にあるなら、乳母の長女の家(夕顔の宿)の近くである。右近が二十年も乳母や玉鬘の消息を知らなかったことは不自然。右近が五条にすむようになったのは最近かもしれない。 ■東の御方 花散里。 ■あはれと思ひし人の… 花散里に対しては玉鬘の素性をかくし、実の子だとして語っている。 ■もの倦じして 私(源氏)があまり構わなかったから相手(夕顔)は嫌になって、の意。 ■女になるまで 年頃になるまで。 ■母 玉鬘の母、夕顔。 ■中将 夕霧。中将になったことはここに初出だが、「貴女に養育をおまかせした」云々から、それが夕霧であると知れる。源氏が花散里に夕霧の養育をまかせたいきさつは【少女 27】に。 ■さるべく 貴人の娘としてふさわしく。 ■げに 源氏の直前の台詞を受けて。 ■かかる人 源氏の隠し子。本当は内大臣の隠し子なのだが、花散里には真実は伏せておく。 ■姫君 明石の姫君。 ■思ひきこゆれば 下に「貴女に養育をおまかせするのです」の意を補って読む。 ■うしろむ 「後見」の動詞化。 ■事多からで 夕霧は手がかからないことをいう。 ■綾 文様のある美しい絹織物。

朗読・解説:左大臣光永

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