【胡蝶06】紫の上、源氏の玉鬘への想いを見抜く

原文

殿《との》は、いとどらうたしと思ひきこえたまふ。上にも語り申したまふ。「あやしうなつかしき人のありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけどころなくぞありし。この君は、もののありさまも見知りぬべく、け近き心ざま添ひて、うしろめたからずこそ見ゆれ」などほめたまふ。ただにしも思すまじき御心ざまを見知りたまへれば、思し寄りて、「ものの心えつべくはものしたまふめるを、うらなくしもうちとけ頼みきこえたまふらんこそ心苦しけれ」とのたまへば、「など頼もしげなくやはあるべき」と聞こえたまへば、「いでや。我にても、また忍びがたう、もの思はしきをりをりありし御心ざまの、思ひ出でらるる節ぶしなくやは」とほほ笑みて聞こえたまへば、あな心|疾《と》、と思いて、「うたても思し寄るかな。いと見知らずしもあらじ」とて、わづらはしければ、のたまひさして、心の中《うち》に、人のかう推《お》しはかりたまふにも、いかがはあべからむ、と思し乱れ、かつはひがひがしうけしからぬわが心のほども、思ひ知られたまうけり。

現代語訳

殿(源氏)は、ますます姫君(玉鬘)を、愛しいとお思いになる。上(紫の上)にもその事をお語り申される。(源氏)「不思議なほど心惹かれる人柄なのですよ。あの昔の君(夕顔)は、心が晴れるようなところがなさすぎでした。この君(玉鬘)は、ものの道理も見知っているようですし、そこに親しみ深い気性が加わって、危なっかしさがないように見えます」などとお褒めになる。上(紫の上)は、姫君(玉鬘)をお見過ごしになられない源氏の君のお心のありようをご存知でいらっしゃるので、お感づきになって、(紫の上)「ものの道理をご理解なさっているようなのに、無邪気に貴方に心を許して頼りになさっているようなのがお気の毒ですわ」とおっしゃると、(源氏)「どうして頼りにならないということがあるでしょう」と申し上げなさると、(紫の上)「さあどうでしょうか。私の場合も、なかなか我慢できずに、もの思いに暮れた折々がございましたから、そうした貴方のご気性について、自然と思い出される節々がないわけではございませんので…」とほほ笑んで申し上げなさると、なんと気が回ること、とお思いになって、(源氏)「いやなふうに邪推なさるものですね。もし私がそんな邪な気持を抱いているとすれば、姫君がお気づきにならぬはずはないでしょうに」といって、面倒なので、この件は途中でおしまいにして、心の中では、上(紫の上)がこうして推察なさるにつけても、どうしたものか、と思い悩まれ、また一方では、ふつうでなく、とんでもないご自分のお気持ちについて、反省なさるのだった。

語句

■はるけどころ 「晴る気どころ」。心が晴れるようなところ。 ■け近き心ざま 玉鬘が母夕顔と違って親しみやすい気性であるのは、長年の田舎住まいで人馴れしているため。 ■ただにしも思すまじき 紫の上は源氏が玉鬘に恋心を抱いていることを察知している。 ■うらなくしも… 「姫君が油断しているとあなたの愛欲の餌食になってしまうだろう」と紫の上は言う。 ■など頼もげなくやはあるべき 源氏は紫の上の皮肉を理解せず、どうして頼りにならないことがあるものか。自分ほど頼りになる男はいないぞという気持である。 ■御心ざま 源氏の好色心。 ■思い出でらるる節ぶし 紫の上の嫉妬について、これまで物語中には明石の君と、朝顔の君に関しての件が詳しいが、物語に記述されている他にも多くのことがあったのだろう。 ■心疾 形容詞「心疾し」の語幹。 ■見知らずしもあらじ 「もし自分にそんな邪な気持があるなら、玉鬘はそれを見抜いてしまうはずだ。ところが玉鬘は安心して私を頼りにしているではないか。それこそが、私が潔白である何よりの証拠だ」と源氏は言いたい。 ■わづらはしければ これ以上話すとぼろが出てしまうので。 ■いかがはあべからむ 玉鬘の今後の処遇について。内大臣に紹介するか。結婚させるか。このまま養育するか。

朗読・解説:左大臣光永