【螢 05】端午の節句に源氏、玉鬘を訪ねる その美しき姿に玉鬘、見惚れる

五日には、馬場殿《むまばのおとど》に出でたまひけるついでに、渡りたまへり。「いかにぞや。宮は夜やふかしたまひし。いたくも馴らしきこえじ。わづらはしき気《け》添ひたまへる人ぞや。人の心やぶり、ものの過ちすまじき人は、難《かた》くこそありけれ」など、活《い》けみ殺《ころ》しみいましめおはする御さま、尽きせず若くきよげに見えたまふ。艶《つや》も色もこぼるばかりなる御|衣《ぞ》に直衣《なほし》はかなく重なれるあはひも、いづこに加はれるきよらにかあらむ、この世の人の染め出だしたると見えず。常の色もかへぬあやめも、今日はめづらかに、をかしくおぼゆるかをりなども、思ふことなくは、をかしかりぬべき御ありさまかな、と姫君思す。

現代語訳

五日には、源氏の君は、馬場殿においでになるついでに、姫君(玉鬘)のもとにおいでになった。(源氏)「いかがでしたか。兵部卿宮は夜をお更かしになられましたか。あまり宮を近づけ申し上げないようにしましょう。やっかいなところがおありになる方なのですよ。人の心を傷つけたり、間違いをおかしたりしない人は、滅多にないものですね」など、源氏の君が、兵部卿宮のことを褒めたり、けなしたりして、姫君(玉鬘)にご注意なさるご様子は、どこまでも若く美しげにお見えになる。

艶も色もこぼれるばかりであるお召し物に直衣を無造作に重なっている取り合わせも、どこにどう加わった清らかさであるのだろうか、この世の人が染め出したものとも見えない。いつもの色と変わらぬお召し物の文目も、端午の節句の今日はま新しく、情深く思われる香の薫りなども、このような心配事さえなければ、しみじみ心惹かれるに違いない源氏の君のご容姿であるよ、と姫君はお思いになる。

語句

■五日 五月五日、端午の節句。宮中では騎射や競馬が行われ、六条院でもそれを模する。 ■活けみ殺しみ 「み」は動詞の連用形について、「…したり、…したり」の意をなす。 ■常の色にかへぬあやめ 「あやめ」は「文目」と「菖蒲」をかける。端午の節句であるため。 ■思ふことなくは 源氏から求婚されている悩み。

朗読・解説:左大臣光永

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