【行幸 03】源氏、玉鬘に入内をすすめる

原文

またの日、大臣、西の対に、「昨日《きのふ》、上は見たてまつりたまひきや。かのことは思しなびきぬらんや」と聞こえたまへり。白き色紙《しきし》に、いとうちとけたる文《ふみ》、こまかに気色ばみてもあらぬが、をかしきを見たまうて、「あいなのことや」と笑ひたまふものから、よくも推《お》しはからせたまふものかな、と思す。御返りに、「昨日は、

うちきらし朝ぐもりせしみゆきにはさやかに空の光やは見し

おぼつかなき御事どもになむ」とあるを、上も見たまふ。

「ささの事をそそのかししかど、中宮かくておはす、ここながらのおぼえには、便《び》なかるべし。かの大臣に知られても、女御かくてまたさぶらひたまへばなど、思ひ乱るめりし筋なり。若人の、さも馴れ仕うまつらむに憚《はぱか》る思ひなからむは、上をほの見たてまつりて、えかけ離れて思ふはあらじ」とのたまへば、「あなうたて、めでたしと見たてまつるとも、心もて宮仕思ひたらむこそ、いとさし過ぎたる心ならめ」とて笑ひたまふ。「いで、そこにしもぞ、めできこえたまはむ」などのたまうて、また御返り、

あかねさす光は空にくもらぬをなどてみゆきに目をきらしけむ

なほ思したて」など、絶えず勧《すす》めたまふ。とてもかうても、まづ御|裳着《もぎ》のことをこそはと思して、その御|設《まう》けの御調度のこまかなるきよらども加へさせたまひ、何くれの儀式を、御心にはいとも思ほさぬことをだに、おのづからよだけく厳しくなるを、まして、内大臣にも、やがてこのついでにや知らせたてまつりてまし、と思し寄れば、いとめでたくところせきまでなむ。

現代語訳

翌日、大臣(源氏)は、西の対(玉鬘)に、「昨日、帝は拝見なさいましたか。例のことについて、お気持ちは動かれましたでしょうか」とお手紙を差し上げなさった。白い色紙に、こまごまとご自分のお気持ちを匂わせようともしていないのが、かえって趣深いそのお手紙を御覧になって、(玉鬘)「私には関係のないことを」とお笑いになられるが、よくもそんなことまでお見通しになられるものだとお思いになる。ご返事に、(玉鬘)「昨日は、

うちきらし…

(朝から空一面曇って雪が降っておりました。そんな行幸でしたので、どうしてはっきりと空の光を拝することができたでしょうか)

どちらもはっきり決めかねておりまして」とあるのを、上(紫の上)も御覧になる。(源氏)「例の出仕のことをおすすめしましたが、中宮(秋好中宮)がああしていらっしゃることだし、このままわが家の娘という名目では不都合でしょう。あの内大臣に真相を知られても、女御(秋好中宮)がまたお仕えしていらっしゃるからなどと、以前内大臣がお心を乱されたのと同じになってしまいます。さて若い女で、そのように帝のお側近くに日常的にお仕えするのに何の気がねもいらない者ならば、帝をちらりとでも拝見して、宮仕えに無関心でいられる者はいないでしょう」とおっしゃると、(紫の上)「まあいやですわ。帝のことをご立派だと拝するにしても、自分から望んで宮仕えを思い立つのは、ひどく出過ぎた心というものでしょう」といってお笑いになる。(源氏)「さあ、貴女にしたって、実際帝の御姿を拝されたら、夢中におなりでしょうよ」などとおっしゃって、また姫君(玉鬘)へのご返事は、

(源氏)あかねさす……

(光は空に曇りなく輝いておりますのに、どうしてあなたは雪に目を曇らしてしまうのでしょう)

やはりご決心ください」など、その後は絶えずおすすめになる。とにかく、まずは御裳着の準備をとお思いになって、その儀式にお入り用の御調度の、こまやかな綺羅をつくした品々をお加えさせになり、六条院ではあれこれ儀式をするのにも、大臣のお心としてはそれほど大層なことにお思いにならないことさえ、自然と大げさに仰々しくなるのを、まして今回は、内大臣にも、そのままこの機会に真相をお知らせ申し上げよう、と大臣はお考えになっていらっしゃるので、ご準備のほどはまことにすばらしく、あたりが狭いほどにととのえられているのだった。

語句

■またの日 大原野行幸の翌日。 ■かのこと 源氏が玉鬘に出仕をすすめている件。 ■白き色紙 懸想文ではないため「白き色紙」という。 ■あいな 「あいなし(関係がない)」の語幹。 ■うちきらし… 「打ち霧らす」は空一面を曇らせる。「みゆき」は「行幸」と「雪」をかける。「空の光」は帝。 ■御事ども 帝の御顔も、出仕の話も。 ■ささの事 玉鬘の出仕のこと。 ■ここながらのおぼえには 同じ源氏の娘として秋好中宮と玉鬘で帝の寵愛を競い合わなくてはならなくなる。それは不都合である。 ■思ひ乱るめりし 源氏が養女である秋好中宮を推した時、内大臣も娘の弘徽殿女御を推していた。結局、源氏が先を越すことになった。その時の内大臣の煩悶をいう。 ■心もて 自分の意志で入内を望むことは当時の女性にはないこと。 ■あかねさす… 「あかねさす」は「光」の枕詞。「光」は帝。「みゆき」に「行幸」と「雪」をかける。 ■とてもかうても 出仕するかしないか、結婚するか。どの道をえらぶにしても。 ■御裳着 女子の成人式。ふつうは十三歳くらいで行うが、玉鬘は漂白の身であったので二十ニ歳の今日まで行っていない。 ■このついで 裳着という機会。 ■いとめでたく 養父として権勢盛んなところを見せて、予想される内大臣からの批判を抑え込む考え。

朗読・解説:左大臣光永

■【古典・歴史】メールマガジン
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル