【行幸 04】源氏、内大臣に玉鬘の腰結役を依頼するも、内大臣は大宮の病により断る

原文

年かへりて二月にと思す。「女《をむな》は、聞こえ高く名隠したまふべきほどならぬも、人の御むすめとて、籠《こも》りおはするほどは、必ずしも氏神《うじがみ》の御つとめなど、あらはならぬほどなればこそ、年月は紛れ過ぐしたまへ、この、もし思し寄ることもあらむには、春日《かすが》の神の御心|違《たが》ひぬべきも、つひには隠れてやむまじきものから、あぢきなくわざとがましき後《のち》の名までうたたあるべし。なほなほしき人の際《きは》こそ、今様《いまやう》とては、氏改むることのたはやすきもあれ」など思しめぐらすに、「親子の御契り絶ゆべきやうなし。同じくは、わが心ゆるしてを知らせたてまつらむ」など思し定めて、この御|腰結《こしゆひ》にはかの大臣をなむ、御|消息《せうそこ》聞こえたまうければ、大宮去年の冬つ方より悩みたまふこと、さらにおこたりたまはねば、かかるにあはせて便《び》なかるべきよし聞こえたまへり。中将の君も、夜昼《よるひる》三条にぞさぶらひたまひて、心のひまなくものしたまうて、をりあしきを、いかにせましと思す。「世もいと定めなし。宮も亡せさせたまはば、御|服《ぶく》あるべきを、知らず顔にてものしたまはむ、罪深きこと多からむ。おはする世に、このことあらはしてむ」と思しとりて、三条宮に御とぶらひがてら渡りたまふ。

現代語訳

年改まって二月にこの御裳着の式をしようと源氏の大臣はお考えになる。(源氏)「女は、評判が高く名を隠してはおけないような年頃となっても、しっかりした人の御むすめとして、家に籠もっていらっしゃる間は、必ずしも氏神への参詣なども、表立って行うこともないのだから、今までの歳月はご自分の氏についても曖昧にして過ごしていらっしゃったが、もしこのお思い立ちになられた宮仕えのことも実現するなら、春日の神の御心に背いてしまうことになろうし、最終的には隠しおおせることではないのだが、つまらないことさらめいたことを後々まで噂されるのは、不愉快であろう。並々ていどの身分の人であれば、最近の風潮としては、氏を改めることは簡単なことだが」などご思案をお巡らしなさるにつけ、「親子のご縁は絶えるものではない。どうせ同じことなら、こちらから進んで内大臣に真相をお知らせ申し上げよう」などとお決めになって、今回の御腰結役にはかの内大臣をと、お手紙を差し上げさなると、大宮が去年の冬の頃からご病気でいらっしゃること、それもまったくよくおなりにならないので、こういうことを言い訳として、都合がつきかねる旨をご返事申された。そういえば中将の君(夕霧)も、夜昼三条にお仕えなさって、心の休まる間もなく看護していらっしゃるので、大臣はこう折が悪いのを、どうしたものかとお思いになる。(源氏)「この世はまことに不定で何が起こるかわからない。大宮がお亡くなりになられたら、当然喪に服すことになるだろうが、姫君がそれを知らず顔で過ごしていらっしゃるのは、罪深いことが多いだろう。大宮がご存命のうちに、このことを打ち明けよう」とお決めになって、三条宮にお見舞いがてらおでましになる。

語句

■あらはならぬほど 女は未婚時代は仰々しい参詣などもしなくてよい。中年になった源氏のせりふは、くどく、長く、論旨が二転三転して非常にわかりづらい。まともに読もうと思えば「暗号文」と考えて解読していくしかない。ようするに源氏の魂胆は、玉鬘の裳着において内大臣に腰結役をやってもらい、なしくずし的に「実は親子でした」と告白する。すでに腰結役になっている流れで自分への非難を弱められるだろうという姑息な考え。 ■年月は紛れ過ぐしたまへ 玉鬘が六条院に引き取られてから一年半がたつ。 ■紛れ過ぐし 自分が藤原氏か源氏かということを。 ■春日の神の御心違ひぬべき 春日社は藤原氏の氏神。このまま玉鬘の出自を曖昧にしておくと藤原氏として春日社に参詣することができない。それは春日の神の御心に背くことになる。 ■あぢきなく 内大臣の実の娘を源氏が引き取っていたとなると世間の噂になることは確実。 ■うたたあるべし 「うたたある」は不愉快だ。 ■なほなほしき人の際 中流身分のことを論ずる。 ■たはやすきものなれ 下に「貴女ほどのご身分の方では氏を改めることはできませんよ」といった意を補って読む。 ■親子の御契り絶ゆべきやうなし ここでいう「親子」は内大臣と玉鬘のこと。 ■同じくは どうせ玉鬘が実に娘であることを内大臣に伝えるのは同じなのだから。 ■を知らせたてまつらむ 「を」は強意の間投詞。 ■御腰結  裳着の際、腰紐をむすぶ役。 ■かかるにあはせて 大宮の病気は口実で、内大臣は中宮入内の件で源氏に先を越されたことを根に持っている。 ■宮も亡せさせたまはば… 玉鬘の祖母である大宮が亡くなれば、玉鬘の裳着も先延ばしになる。源氏はそれを危惧する。

朗読・解説:左大臣光永

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