【行幸 05】源氏、大宮を見舞う

原文

今は、まして、忍びやかにふるまひたまへど、行幸《みゆき》に劣らずよそほしく、いよいよ光をのみ添へたまふ御|容貌《かたち》などの、この世に見えぬ心地して、めづらしう見たてまつりたまふには、いとど御心地の悩ましさも取り棄てらるる心地して起きゐたまヘり。御|脇息《けうそく》にかかりて弱げなれど、ものなどいとよく聞こえたまふ。「異《け》しうはおはしまさざりけるを、なにがしの朝臣《あそむ》の心まどはして、おどろおどろしう嘆ききこえさすめれば、いかやうにものせさせたまふにかとなむ、おぼつかながりきこえさせつる。内裏《うち》などにも、ことなるついでなきかぎりは参らず、朝廷《おほやけ》に仕ふる人ともなくて籠《こも》りはべれば、よろづうひうひしう、よだけくなりにてはべり。齢《よはひ》などこれよりまさる人、腰たへぬまで屈《かが》まり歩《あり》く例《ためし》、昔も今もはべめれど、あやしくおれおれしき本性《ほんじやう》に添ふものうさになむはべるべき」など聞こえたまふ。「年のつもりの悩みと思うたまへつつ、月ごろになりぬるを、今年《ことし》となりては、頼み少なきやうにおぼえはべれば、いま一《ひと》たびかく見たてまつり聞こえさすることもなくてや、と心細く思ひたまへつるを、今日こそまたすこし延びぬる心地しはべれ。今は惜しみとむべきほどにもはべらず。さべき人々にもたち後《おく》れ、世の末に残りとまれるたぐひを、人の上にて、いと心づきなしと見はべりしかば、出立《いでたち》いそぎをなむ、思ひもよほされはべるに、この中将の、いとあはれにあやしきまで思ひあつかひ、心を騒がいたまふ見はべるになむ、さまざまにかけとめられて、今まで長びきはべる」と、ただ泣きに泣きて、御声のわななくも、をこがましけれど、さる事どもなればいとあはれなり。

現代語訳

源氏の大臣は、今は、昔にもまさるご威勢で、ひっそりとお出ましにはなられるが、行幸に劣らずいかめしく、いよいよ光を増す一方であられるご容貌などが、この世のものとも見えぬ有様で、大宮は、ひさしぶりに拝見なさるにつけても、まことにご気分の悪さも取り棄てられる気がして、起きあがっていらっしゃる。御脇息によりかかって弱々しげであるが、ものなどたいそうはっきりと申し上げなさる。

(源氏)「それほどお悪くはいらっしゃらなかったのがわかりました。それなのになにがしの朝臣(夕霧)が困惑して、おおげさにご心配申し上げているようなので、どのように悪くしていらっしゃるのかと、心もとなくお案じ申し上げておりました。私は今や宮中などにも、これといった機会がないかぎりは参らず、朝廷に仕える者らしくもなく自宅に籠もってございますので、万事不慣れで、おっくうになってしまいました。年齢など私より上の人が、腰が折れそうなほど曲がりながらも働きまわる例が、昔も今もございますようですが、私は生まれつきの妙に愚かしい性分に、無精まで加わってしまったようでございます」など申し上げなさる。(大宮)「年が重なったがゆえの悩みと存じながら、幾月も過ごしてきましたが、今年に入ってからは、いよいよ頼み少ないように感じておりましたので、もう一度こうして貴方を拝見しお話し申し上げることも無いのだろうかと、心細く存じておりましたが、今日はまたすこし寿命がのびた気持がいたします。今は命を惜しんで生きとどまっているような年でもございません。しかるべき親しい人々にも先立たれ、世の末に残りとどまっている例を、これまで他人の話としては、ひどく不本意なことと拝見していましたので、あの世への出発の準備をと、おのずと急き立てられるのですが、この中将(夕霧)が、まことに情深く不思議なまでに気遣いして、お世話してくださるのを拝見するにつけて、さまざまに引きとどめられて、今まで命長引いているのでございます」と、ひたすら泣きに泣いて、御声がふるえるのも、愚かなようではあるが、そうなっても当然なことなので、まことに胸にしみる思いである。

語句

■今は 太政大臣となった今は。物語中にかたられている源氏と大宮の対面は、少女巻(【少女 02】)以来。 ■異しうはおはしまさざりける 「ける」は今はじめて発見したおどろき。大宮が重体というほどではなかったことを。 ■うひうひしう 不慣れであること。 ■よだけく 世間のことが大げさに感じられて、関わるのもおっくうであるの意。 ■おれおれしき 「痴れ痴れし」はおろかであること。 ■ものうさ おっくうな気持ち。 ■月ごろになりぬるを 「大宮去年の冬つ方より悩みたまふこと…」(【行幸 04】)。 ■今日こそまたすこし延びぬる… すこし前にも「いとど御心地の悩ましさも取り棄てらるる心地して」とある。 ■さべき人々 肉親縁者。自分にとって大切な人たち。 ■人の上にて 大宮も娘葵の上を亡くし夫太政大臣を亡くしているが、あえて「人の上」として客観的にとらえようとしている。

朗読・解説:左大臣光永

■【古典・歴史】メールマガジン
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル