【行幸 06】源氏、大宮に玉鬘の件を相談し、内大臣への仲立ちを依頼

原文

御物語ども、昔今《むかしいま》のとり集め聞こえたまふついでに、「内大臣《うちのおとど》は、日隔《ひへだ》てず参りたまふこと繁《しげ》からむを、かかるついでに対面《たいめん》のあらば、いかにうれしからむ。いかで聞こえ知らせんと思ふ事のはべるを、さるべきついでなくては対面《たいめん》もあり難《がた》ければ、おぼつかなくてなむ」と聞こえたまふ。「公事《おほやけごと》の繁きにや、私《わたくし》の心ざしの深からぬにや、さしもとぶらひものしはべらず。のたまはすべからむ事は、何ざまの事にかは。中将の恨めしげに思はれたる事もはべるを、『はじめのことは知らねど、今はげに聞きにくくもてなすにつけて、立ちそめにし名の取り返さるるものにもあらず、をこがましきやうに、かへりては世人《よひと》も言ひ漏らすなるを』などものしはべれど、立てたるところ昔よりいと解けがたき人の本性《ほんじやう》にて、心得ずなん見たまふる」と、この中将の御ことと思してのたまへば、うち笑ひたまひて、「言ふかひなきにゆるし棄《す》てたまふこともやと聞きはべりて、ここにさへなむかすめ申すやうありしかど、いと厳《きび》しう諫《いさ》めたまふよしを見はべりし後、何にさまで言《こと》をもまぜはべりけむと、人わるう悔い思うたまへてなむ。よろづの事につけて、浄《きよ》めといふことはべれば、いかがはさもとり返し濯《すす》いたまはざらむ、とは思ひたまへながら、かう口惜しき濁《にご》りの末に、待ちとり深う澄むべき水こそ出で来難《きがた》かべい世なれ。何ごとにつけても末になれば、落ちゆくけぢめこそ安くはべめれ。いとほしう聞きたまふる」など申したまうて、「さるは、かの知りたまふべき人をなむ、思ひまがふることはべりて、不意《ふい》に尋ねとりてはベるを、そのをりは、さるひがわざとも明かしはべらずありしかば、あながちに事の心を尋ねかへさふこともはべらで、たださるもののくさの少なきを、かごとにても何かは、と思うたまへゆるして、をさをさ睦《むつ》びも見はべらずして、年月はベりつるを、いかでか聞こしめしけむ、内裏《うち》に仰せらるるやうなむある。『尚侍《ないしのかみ》宮仕《みやづかへ》する人なくては、かの所の政《まつりごと》しどけなく、女官《によくわん》なども、公事《おほやけごと》を仕うまつるにたづきなく、事乱るるやうになむありけるを、ただ今|上《うへ》にさぶらふ古老《こらう》の典侍《すけ》二人、またさるべき人々、さまざまに申さするを、はかばかしう選《えら》ばせたまはむ尋ねに、たぐふべき人なむなき。なほ家高う、人のおぼえ軽《かろ》からで、家の営みたてたらぬ人なむ、いにしへよりなり来《き》にける。したたかに賢き方の選びにては、その人ならでも、年月の臈《らふ》に成《な》りのぼるたぐひあれど、しかたぐふべきもなしとならば、おほかたのおぼえをだに選《え》らせたまはん』となむ、内《うち》々に仰せられたりしを、似げなきこととしも、何かは思ひたまはむ。宮仕はさるべき筋にて、上も下も思ひおよび出で立つこそ、心高きことなれ。公《おほやけ》ざまにて、さる所の事をつかさどり、政《まつりごと》のおもぶきを認《したた》め知らむことは、はかばかしからず、あはつけきやうにおぼえたれど、などかまたさしもあらむ。ただわが身のありさまからこそ、よろづの事はべめれ、と思ひよわりはべりしついでになむ、齢《よはひ》のほどなど問ひ聞きはべれば、かの御尋《おほむたづ》ねあべいことになむありけるを、いかなべいことぞとも申しあきらめまほしうはべる。ついでなくては対面《たいめ》はべるべきにもはべらず。やがてかかることなんとあらはし申すべきやうを思ひめぐらして消息《せうそこ》申ししを、御悩みにことつけてものうげにすまひたまへりし、げにをりしも便《びん》なう思ひとまりはべるに、よろしうものせさせたまひければ、なほかう思ひおこせるついでにとなむ思うたまふる。さやうに伝へものせさせたまへ」と聞こえたまふ。宮、「いかに、いかにはべりけることにか。かしこには、さまざまにかかる名のりする人を厭《いと》ふことなく拾《ひろ》ひ集めらるめるに、いかなる心にて、かくひき違《たが》へかこちきこえらるらむ。この年ごろ承《うたたまは》りてなりぬるにや」と聞こえたまへば、「さるやうはべることなり。くはしきさまは、かの大臣もおのづから尋ね聞きたまうてむ。くだくだしきなほ人の仲らひに似たることにはべれば、明かさんにつけてもらうがはしう人言ひ伝へはべらむを、中将の朝臣《あそむ》にだにまだわきまへ知らせはべらず。人にも漏らさせたまふまじ」と、御口がためきこえたまふ。

現代語訳

大臣(源氏)は、大宮に、多くのお話を、昔今のことを取り集めてお話申し上げなさるついでに、(源氏)「内大臣は、日をあけずにお見舞いにこられることも多いでしょうが、この機会にお会いできれば、どれほどうれしいでしょう。なんとかしてお伝え申し上げようと思う事があるのですが、しかるべき機会がなくてはお会いすることも難しいので、気にかかっているのでございます」と申し上げなさる。(大宮)「公務が忙しいのでしょうか、それとも個人的に親に対する孝行の気持が深くはないからでしょうか、それほどは見舞いにもまいりません。おっしゃるような事は、どういったご用件でしょうか。中将(夕霧)が恨めしげにお思いになっていらっしゃる事もございますので、私は内大臣に『はじまりはどうあれ、今となってはまことに聞き苦しいこととして世間の人も取り沙汰するにつけても、一度悪評が立ってしまうと、挽回できるものでもなし、世間の人も、いかにも愚かしいことのように悪く言いふらすでしょうに』など意見するのでございますが、一度こうと決めたことはまことに曲げがたい内大臣のご性分ですから、私はもうどうしていいかわからないのでございます」と、この中将(夕霧)の御ことととお思いになっておっしゃると、大臣(源氏)は微笑みなさって、(源氏)「いったん起こってしまったことはしようがないので、内大臣もお許しになっておあきらめになるのではないかとお聞きしましたので、私のほうからも、それとなく二人の関係を認めるようにと申すようなこともありましたが、内大臣はひどく厳しく姫君(雲居雁)をお叱りになられたことをうかがいましてから、どうしてあんな余計な口出しをしたのかと、ばつが悪く悔やまれることでした。あらゆる事は、浄めということがございますので、どうして、こんな場合でもきれいにすすいでくださらないことがあろうか、とは存じながら、ここまで残念な醜態が立ち上がってしまうと、その果てに、待ち受け迎えて、深いところまで澄ませる水が湧き出てくるのは難しいというのが世の実情です。何ごとにつけても末になれば、衰えていくことに定められているようです。だから内大臣の姫君に対するお仕打ちを、お気の毒なことに私はうかがっておます」など申し上げなさって、(源氏)「実は、あの内大臣がお世話なさるべき人を、思い違いの事情がございまして、偶然にも引き取ってございますのを、引き取った当時は、そのように間違いだとも打ち明けてくれませんでしたので、私は強いて事情を聞き返すこともございませんで、ただ子供というものが私には少ないので、その者たちが私に近づく口実であるとしても、なにそれでも構わないと、と大目に見ておりまして、ほとんど親身にお世話をいたさぬまま年月が過ぎてしまいましたのを、どうやってお聞きになられたのでしょうか、帝から仰せ言を頂戴するようになりました。『尚侍として宮仕えする人がなくては、内侍司の政務がうまく立ち行かず、女官なども、公務にお仕えするのに手立てがなく、事が乱れるようであったのを、今のところ宮中にお仕えしている古老の典侍《ないしのすけ》が二人と、そのほかしっかりした人々が、さまざまに名のり出させているのだが、しっかりした人をお選びあそばそうという尋ねには、見合っている人がいない。やはり家柄が高く、世間の人望が軽からず、自家のことを顧みなくてよい人が、昔から尚侍になってきたのだ。すばらしく賢明な人をという選びにおいてなら、そういう人でなくても、年長の功労によって昇進する例があるが、そのような人も今はいないので、せめて世間的な人望でお選びあそばそう」と、内々に仰せになっておられたのを、内大臣もどうしてふさわしからぬこととお思いになられましょうか(きっとふさわしいこととお思いになられましょう)。宮仕えはしかるべき立場で、身分の上の者も下の者も、帝からの寵愛を受けるかも、という期待を抱いて出仕するのが、女としての高い理想です。公務として、内侍司の業務に携わり、政のおもむきを見極め処理していくことは、おもしろくなく、浮ついているようにも思われますが、どうしてまたそのようなことがありましょうか。ただ本人の人柄から、万事は決まってくるだろうと、考えを改めましたついでに、この娘(玉鬘)に年齢のことなどを質問してみますと、あの内大臣がお捜しになってお引取りになるべき方だったので、どうしたらよいかと、内大臣にご相談申し上げてはっきりさせたく存じております。適当な機会がなければお会いすることもできません。今すぐ「こういう事情です」と、打ち明けてご相談申し上げたく色々と考えて、内大臣にご連絡申し上げたのですが、内大臣は、大宮さまのご病気にことよせて、面倒くさそうにご辞退になられましたので、なるほどご病気の折とあらば都合が悪いと思いとどまっておりましたが、今日拝見すると、大宮さまはご容態がよろしいようでいらっしゃいましたので、やはりこうして思い立った機会にと、存じます。そのように内大臣にお伝えしてお取り計らいくださいまし」と申し上げなさる。大宮は、「まあ、それはどうしたことでございましょうか。内大臣邸では、さまざまにこうした名のりをする人を厭うことなく迎え集めていらっしゃるようですが、その方々はどんな考えから、そんな事実でない縁故を申し出られているのでしょう。当人は前々から貴方を親とうかがっていて、そうなったのでしょうか」と申し上げなさると、(源氏)「そうなったのにはわけがございます。いずれ詳しい事情は、内大臣も、自然と尋ね聞かれるでしょう。取るに足らない身分の低い者たちの間の色恋沙汰に似たことでございますので、打ち明けるとしても、うるさく世間で噂になるでしょうから、中将の朝臣(夕霧)にさえまだ事の次第を知らせておりません。どなたにもお漏らしになられますな」と、御口止めをお願いなさる。

語句

■日隔てず参りたまふこと繁からむを 源氏は内大臣がそうたびたび大宮を見舞っているとは思わないが、こう前置きすることで大宮の不満を吐き出し、それに同情してみせることで話を有利に運ぼうとするのである。 ■私の心ざしの深からぬ 親に対する孝行心の欠如。大宮の内大臣への不満が言葉の上ににじんでいる。 ■中将の 大宮は源氏の要件は夕霧・雲居雁の話だと思っている。 ■立ちそめにし名の… 「群鳥の立ちにしわが名いまさらに事なしぶともしるしあらめや」(古今・恋三 読人しらず)を引く。 ■言ふかひなきに… 以下、源氏の言い訳。くどいながらも真心に満ちた大宮の言葉に比べ、源氏の言葉は嘘と自己保身に満ちており、しかもくどく、しつこく、読みづらく、無駄に言葉数だけ多く、老醜のきわみである。もはや若き日の光の君のさっそうとした姿はない。 ■ゆるし棄てたまふこともやと 内大臣もいったんは「言ふかひなきことを、なだらかに言ひなして、さてもやあらまし」(【少女 19】)と考えたが、源氏への意地で思いとどまった。 ■ここにさへ 源氏が夕霧・雲居雁を認めてやろうと内大臣に口添えしたというが、その記事は物語中にない。でまかせか。 ■いと厳しう諌めたまふよし 雲居雁を。非はあくまで内大臣にあり、私は悪くないという源氏の自己保身。 ■人わるう悔い思うたまへて 内大臣に取り合ってもらえなかったため、世間的にも醜態をさらすことになったと、あくまでも非を内大臣に帰す。 ■よろづの事につけて… なにがあってもしばらく経てば水に流されるものだが、ここまで酷い事になると流されるのは難しいの意。源氏のせりふは言葉ばかり華麗で中身がない。 ■いとほしう聞きたまふる さりげなく内大臣を落とす。私は悪くないの意図で首尾一貫している。 ■不意に尋ねとりてはべるを 嘘である。源氏は「内大臣の隠し子」ときいて、意図的に玉鬘を呼び寄せた(【玉鬘 12】)。 ■明かしはべらず 玉鬘と乳母たちが身分を明かさなかったのが悪いと。あくまで他者に罪をなすりつける。 ■もののくさの少なきを 「くさ」はここでは子供のこと。 ■かごと こじつけ。玉鬘と乳母らが、自分の世話になるために事実を隠して近づいてきた。けれども自分は子供の少なさから、それでもよいと大目に見て、六条院に置いてやったのであるという理屈。 ■をさをさ睦びも見はべらず 愛人関係がないことを暗に言明。実際、源氏と玉鬘の間に愛人関係はないが、それは玉鬘が拒絶したため。源氏はできれば玉鬘と愛人関係を持ちたいと切望していた。 ■いかでか聞こしめしけむ 帝からの尚侍就任要請という話は物語中に見えないが、源氏が玉鬘を入内させよう急いでいる背景にはこれがあるのだろう。 ■典侍 内侍司の次官。定員四名。 ■家の営み 主に経済面。 ■おほかたのおぼえ 世間的に評価されている人。そういう人を尚侍に任命したいと。 ■何にかは思ひたまはむ 勅命なので、内大臣は玉鬘の出仕を拒むことができまいの意。 ■さるべき筋にて 帝から寵愛を受ける可能性のある女御・更衣といったしっかりした立場で。 ■さる所 内侍司。 ■思ひよわり 「思ひ弱る」は、我を曲げてそう思うようにしたということ。 ■齢のほどなど問ひ聞きはべれば 出仕させるにあたってはじめて年齢のことを尋ねたというのである。これも嘘。源氏は玉鬘を引き取る時点で年齢は把握している。 ■かの御尋ねあべいことになるある 今になって内大臣の隠し子であることに気づいたと。これも嘘。源氏は引き取る前から玉鬘が内大臣の隠し子であることを知っており、だからこそ興味を持ったのである。 ■いかなべい 「いかなるべき」の音便系撥音無表記。 ■ついでなくては 権勢家同士、会うのはなかなか難しい。 ■やがてかかることなんと… 内大臣に腰結役を頼んだが断られた件をいう。私は悪くない。悪いのは内大臣。 ■御悩みにことつけて 内大臣が大宮の病によって断ったのは口実だと。内大臣への非難をこめる。 ■よろしうものせさせたまひければ 源氏は大宮を見舞うなり「異しうはおはしまさざりけるを」と言った(【御幸 05】)。  ■なほかう思ひおこせるついでに やはり内大臣の腰結役を思い立ったついでに。 ■さやうに伝へものせさせたまへ 「さやうに」と言うが、大宮のような老人にこれほど無駄に長い要件を語ったところで10分の1も伝わらないと思われる。 ■ものせさせたまへ 「ものす」には善処する、取り計らうといった意をこめる。 ■拾い集めらるめるに 物語中に書かれているのは近江の君だが、他にも例があるらしい。この一段、まさに暗号。さっぱり要領をえず、長く、しつこく、くどい。源氏物語のもっともダメなところが出ている。

朗読・解説:左大臣光永