【少女 19】夕霧、大宮邸にまいる 今後の二人についての内大臣の考え

をりしも冠者《くわざ》の君参りたまへり。もしいささかの隙《ひま》もやと、このごろはしげうほのめきたまふなりけり。内大臣《うちのおとど》の御車のあれば、心の鬼にはしたなくて、やをら隠れて、わが御方に入りゐたまへり。内《うち》の大殿《おほとの》の君たち、左少将、少納言、兵衛佐《ひやうゑのすけ》、侍従、大夫《たいふ》などいふも、皆ここには参り集《つど》ひたれど、御簾《みす》の内《うち》はゆるしたまはず。左衛門督《さゑもんのかみ》、権中納言なども、異御腹《ことほむはら》なれど、故殿の御もてなしのままに、今も参り仕うまつりたまふことねむごろなれば、その御子どももさまざま参りたまへど、この君に似るにほひなく見ゆ。大宮の御心ざしも、なずらひなく思したるを、ただこの姫君をぞ、け近うらうたきものと思しかしづきて、御かたはら避けず、うつしきものに思したりつるを、かくて渡りたまひなんが、いとさうざうしきことを思す。

殿は、「今のほどに内裏《うち》に参りはべりて、夕つ方迎へに参りはべらん」とて出でたまひぬ。言ふかひなきことを、なだらかに言ひなして、さもやあらまし、と思せど、なほいと心やましければ、「人の御ほどのすこしものものしくなりなんに、かたはならず見なして,そのほど心ざしの深さ浅さのおもむきをも見定めて、ゆるすとも、ことさらなるやうにもてなしてこそあらめ、制し諫《いさ》むとも、一所にては、幼き心のままに、見苦しうこそあらめ。宮もよもあながちに制しのたまふことあらじ」と思せば、女御の御つれづれにことつけて、ここにもかしこにもおいらかに言ひなして、渡したまふなりけり。

現代語訳

そんな折も折、冠者の君(夕霧)が参られた。もしかしたら少しでも姫君にお逢いできるような隙もあるのではと、最近は足しげく顔を出しておられたのであった。

内大臣の御車があるので、気がとがめて、ばつが悪くお思いになって、そっと隠れて、ご自分のお部屋に入っておられた。

内大臣の御子たち、左少将、少納言、兵衛佐、侍従、大夫などいう方々も、皆ここに参り集まっているが、大宮は彼らを御簾の内へ入ることはお許しにならない。

左衛門督、権中納言なども、大宮の実の子でなく腹違いだが、故大殿が御決めになったことに従って、今もこちらへ参って心より大宮にお仕え申しあげていらっしゃるので、その御子たちもさまざまに参っておられるが、この君(夕霧)と同じくらい美しいと見える者はない。

大宮のお気持ちとしても、この君(夕霧)を他のお孫たちと比べようもなくかわいがっていらっしゃったが、君(夕霧)があちら(二条院東院)に移られてからは、ただこの姫君(雲居雁)を、身近な、可愛らしいものとお思いになって大切になさり、おそばから遠ざけず、いとおしんでおられたのに、その姫君が、こうしてあちら(内大臣邸)にお移りになってしまうことが、ひどく寂しいことにお思いになる。

内大臣は、「今のうちに参内しまして、夕方迎えに参りましょう」といってご出発になった。「もう今さらとやかく言ってもどうしようもないことだから、いっそ穏やかに話をつけて、結婚を認めてやってもよいか」ともお考えになるが、やはりそれはひどく納得いかないので、「若君のご身分がすこしはちゃんとしたものになった時に、一人前になったと見なして、その時の姫君への気持ちの深さ浅さのようすをも見定めて、ゆるすとしても、あらたまった話であるように形式をととのえておくのがよいだろう。厳しく言って止めだてしたところで、一つ屋根の下で暮らしていたのでは、幼な心にまかせて、見苦しいことにもなってしまうだろう。そうなったとして、大宮もどこまでも厳しく言って止め立てなさることはなかろうし」とお思いになるにつけ、女御(弘徽殿女御)の所在なさを口実にして、こちらにもあちらにも角が立たないように言いつくろって、姫君を自邸にお移しなさるのだった。

語句

■しげうほのめき 「一月に三たびばかりを、参りたまへ(【少女 05】)」という父源氏の大臣の許しを越えて。 ■御簾の内はゆるしたまはず 大宮は、夕霧以外の御子たちを御簾の内に入れない。夕霧だけは特別扱いとわかる。 ■異御腹 故太政大臣が別の女性との間に生んだ子ら。内大臣とは腹違いの兄弟。 ■故殿 故太政大臣。大宮の夫。内大臣の父。昔の左大臣。 ■その御子ども 左衛門督や権中納言の御子たち。内大臣の甥・姪にあたる。 ■なずらひなく 「准(擬)ひ」は、比較すべきもの。大宮はあまたいる孫たちの中で夕霧がもっともかわいく他と比較しようがないと思っている。 ■かくて渡りたまひなんが 「かく」はこんな納得いかない形で。 ■今のほどに内裏に参りはべりて 自分がいない間に大宮が姫君と別れを惜しみあうことができるようにという、内大臣の配慮。 ■なだらかに言ひなして 角が立たないように結婚の話をこちらからやんわりと切り出して。 ■さてもやあらまし 二人の結婚を許してやろうか。内大臣は幼い二人の関係を知って激昂したが、ここに至りやや冷静になってきたところもあるのである。 ■人の御ほどのすこしものものしくなりなんに 夕霧がしかるべき官位につくことをいう。 ■かたはならず見なして 結婚するのにふさわしいほど一人前になったと認めて。 ■そのほどの心ざし 夕霧の雲居雁への愛情。 ■ことさらなるやうに 内大臣は、二人を結婚させるとしても、縁者同士のなし崩しの結婚ではなく、ことさら別の家の者同士の結婚という改まった形式にしたいのである。「ことさらにもてなし、すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ」(【少女 14】)。 ■見苦しうこそあらめ 男女の間違いが起こること。 ■宮もよも… 内大臣は大宮が孫可愛さから間違いがあっても甘く見逃すと思っている。 ■ここにもかしこにも 大宮にも北の方にも。

朗読・解説:左大臣光永

■【古典・歴史】メールマガジン
【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル