【少女 14】内大臣、大宮の幼き人々への放任を恨み、非難する

二日ばかりありて参りたまへり。しきりに参りたまふ時は、大宮もいと御心ゆき、うれしきものに思いたり。御|尼額《あまびたひ》ひきつくろひ、うるはしき御|小袿《こうちき》など奉り添へて、子ながら恥づかしげにおはする御人ざまなれば、まほならずぞ見えたてまつりたまふ。大臣御気色あしくて、「ここにさぶらふもはしたなく、人々いかに見はべらんと心おかれにたり。はかばかしき身にはべらねど、世にはべらん限り、御目|離《か》れず御覧ぜられ、おぼつかなき隔てなくとこそ思ひたまふれ。よからぬものの上にて、恨めしと思ひきこえさせつべきことの出でまうで来たるを、かうも思うたまへじと、かつは思ひたまふれど、なほしづめがたくおぼえはべりてなん」と、涙おし拭《のご》ひたまふに、宮、化粧《けそう》じたまへる御顔の色|違《たが》ひて、御目も大きになりぬ。「いかやうなる事にてか、今さらの齢《よはひ》の末に、心おきては思さるらん」と聞こえたまふも、さすがにいとほしけれど、「頼もしき御|蔭《かげ》に、幼き者を奉りおきて、みづからはなかなか幼くより見たまへもつかず、まづ目に近きがまじらひなどはかばかしからぬを見たまへ嘆き営みつつ、さりとも人となさせたまひてん、と頼みわたりはべりつるに、思はずなることのはべりければ、いと口惜しうなん。まことに天《あめ》の下《した》並ぶ人なき有職《いうそく》にはものせらるめれど、親しきほどにかかるは、人の聞き思ふところもあはつけきやうになむ、何ばかりのほどにもあらぬ仲らひにだにしはべるを、かの人の御ためにも、いとかたはなることなり。さし離れ、きらきらしうめづらしげあるあたりに、いまめかしうもてなさるるこそをかしけれ。ゆかりむつび、ねじけがましきさまにて、大臣も聞き思すところはべりなん。さるにても、かかることなんと知らせたまひて、ことさらにもてなし、すこしゆかしげあることをまぜてこそはべらめ。幼き人々の心にまかせて御覧じ放ちけるを、心うく思うたまふる」など聞こえたまふに、夢にも知りたまはぬことなれば、あさましう思して、「げに、かうのたまふもことわりなれど、かけてもこの人々の下の心なん知りはべらざりける。げにいと口惜しきことは、ここにこそまして嘆くべくはべれ。もろともに罪を負《おほ》せたまふは、恨めしきことになん。見たてまつりしより、心ことに思ひはべりて、そこに思しいたらぬことをも、すぐれたるさまにもてなさむとこそ、人知れず思ひはべれ。ものげなきほどを、心の闇にまどひて、急ぎものせんとは思ひ寄らぬことになん。さても、誰《たれ》かはかかることは聞こえけん。よからぬ世の人の言《こと》につきて、きはだけく思しのたまふも、あぢきなく空しきことにて、人の御名や穢《けが》れん」とのたまへば、「何の浮きたることにかはべらむ。さぶらふめる人人も、かつはみなもどき笑ふべかめるものを、いと口惜しく、やすからず思うたまへらるるや」とて、立ちたまひぬ。心知れるどちは、いみじういとほしく思ふ。一夜《ひとよ》の後言《しりうごと》の人々は、まして心地も違《たが》ひて、何にかかる睦物語《むつものがたり》をしけんと、思ひ嘆きあへり。

現代語訳

二日ばかり経って内大臣は大宮のお邸においでになった。こうたびたび参られる時は、大宮もたいそう上機嫌で、うれしいものとお思いになっていらっしゃる。尼削ぎの額髪を調えて、さっぱりした御小袿などをお重ねになって、わが子ながら立派な内大臣の御人ざまなので、直接ではなく几帳を隔ててお逢い申される。ところが内大臣はご機嫌が悪く、(内大臣)「ここにおうかがいするのも決まりが悪く、女房たちがどう見ますかと気が引けています。私はしっかりした身ではございませんが、生きている限りは、いつもお目にかかり、気がかりな隔てなどは持ちたくないと思っておりましたのに。不心得な娘のことで、お恨み申しあげなくてはならぬことが出てきましたので、こんなことは考えまいと、一方では思うのですが、やはり気持ちを抑えがたく感じておりまして」と、涙を拭っておっしゃると、大宮は、化粧していらっしゃる御顔の色が変わって、御目も大きく見開かれた。(大宮)「どのような事で、今さらこの年になって、貴方から心の隔てを置かれるのでしょうか」と申されるのも、さすがにお気の毒にはなるが、(内大臣)「すっかり信頼申しあげて、貴女のもとに幼い姫君(雲居雁)を預けおいて、私自身は父親でありながらかえって幼い頃からよく面倒を見ることもせず、差し当たって身近な弘徽殿女御の入内などはうまくいかなかったのを見て嘆いてあくせくしておりますが、それでもこの姫君は何とか一人前にしてくださるだろうと、ずっと頼りにしておりましたのに、思いもしない事になりましたのは、ひどく残念でなりません。あの冠者の君(夕霧)はまことに天下に並ぶ人なき学者ではいらっしゃいますでしょうが、親しいいとこ同士でこんなことになるのは、世間の評判ということからも軽々しいことのように、どれほどでもない身分の者たちでさえ考えておりますのに、まして私たちの身分では、冠者の君の御ためにも、ひどく見苦しいことです。まったくの他人で、立派でま新しい感じのところに、華やかに迎えられるのこそ、よいことなのです。親しい同士で馴れ合うのはまともでないことで、源氏の大臣もお聞きになって不愉快に思われるでしょう。仮に二人の関係を認めるとしても、こういうことですと私にお知らせくださって、格別にとりはからい、すこし世間からよく思われるような体裁を整えるべきでございましょう。幼い人々の気持ちにまかせて御放任なさったことを、残念に思います」など申しあげなさると、大宮は、夢にもご存知なかったことなので、呆れたことにお思いになって、(大宮)「なるほど、私が事情を知っていたなら貴方がこのようにおっしゃるのも当然ですが、私はまるでこの人々の心の内を知らなかったのですよ。本当にひどく残念なことは、私こそ貴方以上に嘆きたいところでございます。それを私にも一緒に罪を負わせなさるのは、恨めしいことで。姫君の養育をお引き受けしましてから、特に配慮して、貴方が思い至らぬことまでも、立派な人物にお育てしようと、人知れず思っております。まだ二人が一人前でないのに、孫可愛さに目がくらんで、急いで二人を一緒にしようなどとは思いも寄らぬことで。いったい、誰からこんなことをお聞きになったのです。よからぬ世間の噂話を信じて、頭に血をのぼらせて、けしからぬこととお考えになり、またそうおっしゃるのも、情けなく、根も葉もないことですから、姫君の御名が穢れましょう」とおっしゃると、(内大臣)「何が根も葉もないことなものですか。お付きの女房たちも、蔭でみな私をばかにして、笑っているようですから、ひどく残念で、いらいらしますよ」といって席をお立ちになった。事情を知っている女房たちは、たいそうおいたわしく思う。昨夜ひそひそ話をしていた女房たちは、なおさら動揺して、どうしてあんなうちとけ話をしてしまったのだろうと後悔して、嘆きあっている。

語句

■御尼額 尼削ぎにした額髪。尼削ぎは現在のセミロング。振り分け髪とも。額髪は額から左右に耳より前に垂れる髪。 ■小袿 打衣《うちぎぬ》の上に着るもの。略式ながらやや改まった場で着る。 ■まほならず 直接対面するのでなく几帳ごしに。 ■人々いかに見はべらん 昨夜の女房たちの陰口をふまえて、どれだけ自分がばかにされているだろうと思っている。 ■よからぬもの 雲居雁。 ■思ひきこえさせつべきこと 思いたくはないのだが、そう思わざるをえないことの意。 ■さすがにいとほしけれど 内大臣は大宮を非難するために来た。とはいえ相手は実の母親であるから、面と向かって非難するのはやはり気の毒にもなるのである。 ■まづ目に近き 差し当たって身近な弘徽殿女御。 ■まじらひなどはかばかしからず 源氏が後見する梅壺女御に圧されて弘徽殿女御の立后ができなかったこと。 ■営みつつ 「営む」は何とかしようと奔走すること。 ■人となさせたまひてん 「人となす」は一人前に育て上げる。 ■思はずなること 雲居雁と夕霧の関係をさす。 ■有職 物知り。学者。学問的素養は貴族社会から見るとさほど重要でなく、専門の学者は敬われる一方、さげずまれてもいた(【少女 03】)。そういうニュアンスもただよっていようか。 ■かかるは 恋愛沙汰のようなことになるのは。 ■あはつけき 「あはつけし」は軽々しい。浮ついている。 ■かの人 夕霧。この関係は雲居雁のためにならないばかりか夕霧のためにもならないと。 ■きらきらしうめづらしげあるあたり 東宮への入内を念頭に置いている。 ■ゆかりむつび 縁者同士の馴合い。 ■ねじけがましきさま まともでないさま。 ■ことさらにもてなし 雲居雁と夕霧の結婚を認めるにしても、それなりに世間から非難されないように体裁を調えての意。 ■ゆかしげあることをまぜて 世間がよいと思うような体裁を調えて。 ■げに 貴方がおっしゃるようり私が二人の関係を知った上で放任したのなら非難されても仕方ありませんがの意。でも私は何も知らなかったのですから…と続く。 ■げにいと口惜しきことは 内大臣の言った「いと口惜しうなん」を受ける。 ■ここにこそまして嘆くべくはべれ 「ここ」は自称の代名詞。大宮も雲居雁を入内させたい(【少女 13】)。 ■もろともに罪を負せたまふは 夕霧・雲居雁と同列に私にも罪を負わせることは。 ■見たてまつりしより 雲居雁を預かって養育を引き受けた時から。 ■ものげなきほどを まだ二人が一人前でないうちから。 ■心の闇にまどひて 「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰・雑一 藤原兼輔)。 ■きはだけく 「際武く」。頭ごなしに。一方的に。 ■かつはみな 表面では何でもないようにしながら、一方蔭ではみなの意。 ■いみじういとほしと思ふ 大宮や幼い二人のことを。

朗読・解説:左大臣光永

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