【行幸 12】玉鬘の裳着の日、大宮から祝言とどく

原文

かくてその日になりて、三条宮より忍びやかに御使あり。御|櫛《くし》の箱など、にはかなれど、ことどもいときよらにしたまうて、御文には、

聞こえむにもいまいましきありさまを、今日は忍びこめはべれど、さる方にても、長き例《ためし》ばかりを思しゆるすべうや、とてなむ。あはれに承《うけたまわ》り明《あき》らめたる筋を、かけきこえむもいかが。御気色に従ひてなむ。

ふた方にいひもてゆけば玉くしげわが身はなれぬかけごなりけり

と、いと古めかしうわななきたまへるを、殿もこなたにおはしまして、事ども御覧じ定むるほどなれば、見たまうて、「古代《こだい》なる御文書きなれど、いたし、この御手よ。昔は上手にものしたまけるを、年にそへてあやしく老いゆくものにこそありけれ。いとからく御手|震《ふる》ひにけり」など、うち返し見たまうて、「よくも玉くしげにまつはれたるかな。三十一字の中に、他文字《こともじ》は少なく添へたることの難《かた》きなり」と、忍びて笑ひたまふ。

現代語訳

こうして裳着の当日になると、三条宮から内々にお使いがある。御櫛の箱など、急なことではあるが、何もかもまことに美しくお調えになって、御文には、

ご連絡差し上げようにも縁起でもない尼姿ですから、今日はひっそりと引きこもってございますが、それにしましても、私の長生きの例だけにはあやかっていただけるのではないかと、存じまして。貴女のご素性について、そのしみじみと胸打たれるお話は、何もかも源氏の大臣からうかがいましたが、私がそれをはっきり言葉に出して申し上げるのもさしさわりがあるかと存じまして。そちらの事の次第におまかせしましょう。

ふた方に…

(内大臣と源氏の大臣、どちらのお子様であるにしても、貴女は私には縁の切れない、孫なのでした)

と、たいそう古めかしい文面で文字は震えていらっしゃるのを、源氏の殿もこちらにいらっしゃって、あれこれの事をお指図になり取り仕切っていらっしゃる折であったので、この御文をご覧になって、(源氏)「古風な御文の書きようではあるが、いたましいのはこのご手跡であるよ。昔は上手にお書きになられたものだが。年を取るにつれてご手跡も衰えてゆくものなのだな。まことにひどく、ご手跡が震えてしまったこと」など、繰り返し御覧になって、(源氏)「よくも『玉くしげ』にこだわったものだな。三十一字の中に、他の文字をほとんど無くすことは難しいだろうに」と、ひそかにお笑いになる。

語句

■三条宮 大宮。 ■にはかなれど 源氏と内大臣の対面が二月朔日ごろ。それから玉鬘の裳着に向けて急に話が進んだ。 ■いまいましきありさま 出家の身が晴れの席に縁起でもないと遠慮する。 ■さる方にても 「さ」は「いまいましき」。 ■長き例 自分の長寿にあやかってほしいと大宮は願う。 ■かけきこえむ 「かく」は言葉に出して言う。大宮の言葉は奥歯に物がはさまったようで非常に解読しづらい。要旨は、1.貴女の素性についてはすべて源氏の大臣から聞きました。2.しかし祝言の中でそれについて言及していいものか判断に迷います。3.そちら(源氏と玉鬘)の都合にまかせます。 ■ふた方に… 「ふた方」は源氏と内大臣。「蓋」をかける。「身」に「実」を、「かけご」に「子」をかける。いずれも「玉くしげ」の縁語。「懸子」は二重の箱。大宮にとって玉鬘が子の子=孫であることを暗示。 ■殿もこなたにおはしまして 源氏も玉鬘のもとにおり、入内の準備などをしているところだった。 ■よくも玉くしげに 「玉くしげ」という言葉を軸に掛詞・縁語を駆使した歌の詠みぶりをいう。 ■忍びて笑ひたまふ 技巧のまさった歌の詠みぶりに苦笑している。

朗読・解説:左大臣光永