【行幸 13】玉鬘の裳着に方々より祝儀 源氏、末摘花のいつもの奇抜さに呆れる

原文

中宮より白き御|裳《も》、唐衣《からぎぬ》、御|装束《さうぞく》、御髪上《みぐしあげ》の具《ぐ》など、いと二《に》なくて、例の壺《つぼ》どもに、唐《から》の薫物《たきもの》、心ことに薫《かを》り深くて奉りたまへり。御方々みな心々に、御装束、人々の料《れう》に、櫛《くし》、扇《あふぎ》まで、とりどりにし出でたまへるありさま、劣りまさらず、さまざまにつけて、かばかりの御心ばせどもに、いどみ尽くしたまへれば、をかしう見ゆるを、東《ひむがし》の院の人々も、かかる御いそぎは聞きたまうけれども、とぶらひきこえたまふべき数ならねば、ただ聞き過ぐしたるに、常陸《ひたち》の宮の御方、あやしうものうるはしう、さるべきことのをり過ぐさぬ古代《こだい》の御心にて、いかでかこの御いそぎをよその事とは聞き過ぐさむ、と思して、型のごとなむし出でたまうける。あはれなる御心ざしなりかし。青鈍《あをにび》の細長《ほそなが》一襲《ひとかさね》、落栗《おちぐり》とかや、何とかや、昔の人のめでたうしける袷《あはせ》の袴一具《はかまいちぐ》、紫のしらきり見ゆる、霰地《あられぢ》の御|小袿《こうちき》と、よき衣箱《ころもばこ》に入れて、つつみいとうるはしうて奉れたまへり。御文には、「知らせたまふべき数にもはべらねば、つつましけれど、かかるをりは思たまへ忍び難くなむ。これ、いとあやしけれど、人にも賜はせよ」とおいらかなり。殿御覧じつけて、いとあさましう、例のと思すに、御顔赤みぬ。「あやしき古人《ふるびと》にこそあれ。かくものづつみしたる人は、ひき入り沈み入りたるこそよけれ。さすがに恥ぢがましや」とて、「返り事は遣《つか》はせ。はしたなく思ひなむ。父親王《ちちみこ》のいとかなしうしたまひける思ひ出づれば、人におとさむはいと心苦しき人なり」と聞こえたまふ。御|小袿《こうちき》の袂に、例の同じ筋の歌ありけり。

わが身こそうらみられけれ唐ころも君がたもとになれずと思へば

御手は、昔だにありしを、いとわりなうしじかみ、彫《ゑ》り深う、強う、固う書きたまへり。大臣、憎きものの、をかしさをばえ念じたまはで、「この歌よみつらむほどこそ。まして今は力なくて、ところせかりけむ」と、いとほしがりたまふ。「いで、この返り事、騒がしうとも我せん」とのたまひて、「あやしう、人の思ひ寄るまじき御心ばへこそ、あらでもありぬべけれ」と、憎さに書きたまうて、

唐ころもまたからころもからころもかへすがへすもからころもなる

とて、「いとまめやかに、かの人の立てて好む筋なれば、ものしてはべるなり」とて見せたてまつりたまへば、君いとにほひやかに笑ひたまひて、「あないとほし。弄《ろう》じたるやうにもはべるかな」と、苦しがりたまふ。ようなしごと、いと多かりや。

現代語訳

中宮から白い御裳、唐衣、御装束、御髪上げの道具など、まことに二つとないすばらしさで、例によって数々の香壺に、唐来の薫物で、とくに趣深い薫りがするのを差し上げてこられた。御方々はみな思い思いに、御装束、女房たちへの褒美として、櫛、扇まで、さまざまにおととのえになられたが、その出来ばえには優劣がなく、さまざまの贈り物について、あれほどの御方々がお心を尽くして競い合われたのだから、すばらしく見えるのであるが、東の院の人々も、こうした御準備はお聞きになっていらしたが、お祝い申し上げてよいような人の数には入らないので、ただ聞き過ごしていたところ、常陸宮の御方(末摘花)は、妙に几帳面で、しかるべき事の折を見過ごさない古風なご気性であるから、「どうしてこの御準備を、よそ事として聞き過ごすことができよう」、とお思いになって、形式どおりにご祝儀をお寄せになるのであった。殊勝なお心ざしではある。青鈍の細長を一襲、落栗とかいうのだろうか、何というのだろうか、昔の人がもてはやした袷の袴一そろえ、紫が白けて見える、霰地の御小袿と、それらをりっぱな衣箱に入れて、包みもたいそう美しくして差し上げてこられた。御文には、「お知らせくださるような人の数にも入りませんので、はばかられますが、こうした折に、気持ちを抑えてもいられませんので。これは、ひどく粗末なものですが、誰かにご下賜ください」と、おおらかな調子である。

源氏の殿はごらんになって、たいそう呆れて、またいつものとお思いになられるにつけ、御顔が赤らんだ。(源氏)「奇妙に昔気質な人なのですよ。このように内気な人は、引きこもってじっとしていればよいのですが。かえって私が恥ずかしくなりますよ」といって、(源氏)「返事はおやりなさい。むこうが決まり悪く思うでしょう。父親王がたいそう可愛がっていらしたことを思い出すにつけ、人より低く扱うことはひどく心苦しい人なのです」と申しあげられる。御小袿の下に、例のとおりの歌があった。

(末摘花)わが身こそ……

(わが身こそ恨めしいものに思えます。貴方のおそばに置いていただけないと思いますにつけ)
ご手跡は、昔もそうであったが、たいそうひどく縮こまって、深く彫り込んだように強く、固くお書きになっていらっしゃる。大臣は、憎たらしくはお思いになるものの、おかしさを我慢することがおできにならず、(源氏)「この歌の詠んだときはどんなだっただろう。今は昔にもまして力なく、つらい思いをしているのだろう」と、気の毒がられる。(源氏)「まあ、この返事は、忙しいが私がしよう」とおっしゃって、(源氏)「妙に、人が思いつかないようなお考えは、なさらぬほうがましなのですよ」と、憎らしそうにお書きになって、

(源氏)唐ころも……

(唐ころもまたからころもからころも、何度も何度もからころもとお詠みになるのですね)

とお書きになって、(源氏)「ひどくまじめに、あの方がとくべつに好んでいる文句ですので、私も歌に詠んだのです」といって姫君(玉鬘)にお見せ申し上げなさると、姫君はまことに美しくお笑いになって、(玉鬘)「まあお気の毒な。からかっているようでこざいますこと」と、お困りになっていらっしゃる。つまらぬ事を、ひどくたくさん書いてしまったものだ。

語句

■東の院 二条院東院。空蝉や末摘花がすむ。 ■ものうるはしう 几帳面な性格をいう。 ■古代の 古風な。時代錯誤な。ここでは否定的な意味あい。 ■あはれなる御心ざしなりかし 草子文。筆者の末摘花に対するいやみ。 ■青鈍の細長 青鈍の衣は凶事用。祝儀に贈るものではない。「細長」は女子のふだん着。 ■落栗 黒みがかった紅色。 ■昔の人のめでたうしける 昔の人は愛玩したが現在には通用しないといういやみ。 ■紫のしらきり見ゆる 紫の白みがかった色か。 ■霰地 細かい石畳模様。細かい方形を縦横にならべたもの。 ■御顔赤みぬ 玉鬘に対して自分に末摘花のような非常識な妻がいることを恥じる。 ■例の同じ筋の歌 以前も末摘花は源氏に「からころも」と御文を贈った(【末摘花 16】【玉鬘 18】)。 ■わが身こそ… 「唐ころも」には「着」がひびき「君」の枕詞となる。「恨み」に「(衣の)裏」を、「馴れ」に「萎れ」をかける。いずれも「唐ころも」の縁語。これでは恋文であり祝儀としてふさわしくない。 ■昔だに 「手はさすがに文字強う、中さだの筋にて、上下ひとしう書いたまへり」(【末摘花 10】)。 ■しじかみ 「しじかむ」は、震えて縮まっているさま。 ■まして今は力なくて 昔も心細い暮らしぶりだったが、それでも乳母子の侍従が末摘花を支えていた(【末摘花 08】)。だが侍従は筑紫に下り、その後帰京したものの、離れている(【蓬生 13】)。 ■憎さに書きたまふて 末摘花の文は源氏に対する恋文であり、祝儀の席とまったく関係がない。その非常識さに源氏はいらだちを感じる。 ■唐ころも… 末摘花がいつも歌に「唐衣」を読み込むことを皮肉る。また「唐衣日も夕ぐれになる時はかへすがへすぞ人は恋しき」(古今・恋一 読人しらず)を引く。

朗読・解説:左大臣光永