【行幸 14】内大臣、腰結役をつとめる 源氏と歌の贈答

原文

内大臣《うちのおとど》は、さしも急がれたまふまじき御心なれど、めづらかに聞きたまうし後《のち》は、いつしかと御心にかかりたれば、とく参りたまへり。儀式など、あべい限りにまた過ぎて、めづらしきさまにしなさせたまへり。げにわざと御心とどめたまうけること、と見たまふも、かたじけなきものから、やう変りて思さる。

亥《ゐ》の刻《とき》にて、入れたてまつりたまふ。例の御設けをばさるものにて、内の御座《おまし》いと二《に》なくしつらはせたまうて、御|肴《さかな》まゐらせたまふ。御殿油、例のかかる所よりは、すこし光見せて、をかしきほどにもてなしきこえたまへり。いみじうゆかしう思ひきこえたまへど、今宵《こよひ》はいとゆくりかなべければ、引き結びたまふほど、え忍びたまはぬ気色なり。主《あるじ》の大臣《おとど》、「今宵はいにしへざまの事はかけはべらねば、何のあやめも分かせたまふまじくなむ。心知らぬ人目を飾りて、なほ世の常の作法に」と聞こえたまふ。「げに、さらに聞こえさせやるべき方はべらずなむ」御|土器《かはらけ》まゐるほどに、「限りなきかしこまりをば、世に例なき事と聞こえさせながら、今までかく忍びこめさせたまひける恨みも、いかが添へはべらざらむ」と聞こえたまふ。

うらめしやおきつ玉もをかづくまで磯《いそ》がくれけるあまの心よ

とて、なほつつみもあへずしほたれたまふ。姫君は、いと恥づかしき御さまどものさし集ひ、つつましさに、え聞こえたまはねば、殿、

「よるべなみかかる渚にうち寄せて海人《あま》もたづねぬもくづとぞ見し

いとわりなき御うちつけごとになん」と聞こえたまへば、「いと道理《ことわり》になん」と、聞こえやる方なくて出でたまひぬ。

現代語訳

内大臣は、それほどお急ぎになるお考えではなかったが、思いもよらぬ話として事の次第をお聞きになってからは、はやく姫君(玉鬘)に会いしたいと、そのことが御気にかかっていらしたので、当日は早めに参られた。儀式など、なすべき作法を越えて、滅多にない立派さで執り行いになられた。なるほど源氏の大臣はことさらにお心を尽くしてくださったことだ、内大臣はごらんになるにつけても、畏れ多くはあるのだが、風変わりにもお思いになる。

亥の刻に、内大臣を御簾の内にお入れ申し上げなさる。型通りの儀式の設備はいうまでもなく、御簾の内の御座をまことに類なく見事におととのえになって、御肴をさしあげなさる。御殿油を、ふつうこういう場のしきたりよりは、すこし明るくして、風情のあるおもてなしをなさる。内大臣は、まことに姫君の御顔を見たいとお思いなるが、今宵はあまりに突然なようなので、それは断念なさって、裳を引き結ぶときに、我慢がおできにならないご様子である。主人の大臣(源氏)は、「今宵は、昔めいた事は申しませんから、ご参加の方々は何も事情がおわかりにならぬでしょう。事情を知らない人の目を意識して、やはり世の常の作法でおこないましょう」と申し上げなさる。(内大臣)「まことに、まったく申し上げようもございません」と、お盃をお口にされる時に、(内大臣)「限りないご親切を、世に例のないことと存じ上げながら、今までこうして隠していらっしゃった恨みも、どうして申し添えずにおられましょうか」と申し上げなさる。

(内大臣)うらめしや…

(恨めしいことですよ。海人が磯に隠れているように、裳を着る日まで隠れていた娘の心が)

といって、やはりこらえきれずに涙ぐんでいらっしゃる。姫君(玉鬘)は、まことにこちらが恥ずかしくなるほどにまでご立派な、このお二人がご同席しておられることにはばかって、ご返事もおできにならないので、殿(源氏)が、

(源氏)「よるべなみ……

(よるべがないために、このような渚(源氏)に打ち寄せた姫君は、海人(内大臣)も見向かぬもくずのようなもので、誰にも探し出せなかったのです)

とてもご無理なご叱責というものですよ」と申し上げなさると、(内大臣)「まことにごもっともで」と、それ以上申し上げようがなくて御簾の外にお出になられた。

語句

■やう変りて 実の娘でもない玉鬘の裳着を源氏がここまで盛大に祝うことに、内大臣は疑念を抱く。 ■亥の刻 午後十時ごろ。 ■すこし光見せて 実の娘である玉鬘の姿を内大臣にはっきり見せようとして。 ■をかしきほどに 薄明かりの中にほのかに玉鬘の姿が浮かび上がれ趣向。かつて源氏は兵部卿宮に対しても螢の光を放って玉鬘の姿を見せた(【螢 03】)。 ■今宵はいにしへざまの事は 源氏は「今夜は昔のことは言わない」と宣言する。それによって内大臣にも昔のことを語らせぬよう圧力をかける。昔のこととは亡き夕顔のことで、そのことが話題にのぼると玉鬘をひきとった経緯にも触れねばならず、源氏は立場が悪くなるため。 ■分かせたまふまじく 御簾の外にいる人々が。 ■添へはべらざらむ 親切を感謝するが、それはそれとして、今まで娘の存在を隠していたことに対する非難を、つけ加えないではいられないの意。 ■うらめしや… 「うら」は「浦」と「恨」、「も」は「裳」と「藻」、「かづく」は「潜く」と「被く」をかける。「浦」「沖」「藻」「潜く」「磯隠れ」「海人」が縁語。「海人」は玉鬘。玉鬘への不満を表明している形だが、実際には源氏に非難が向けられている。 ■しほたれたまふ 前の歌からの縁語。 ■御さまども 源氏と内大臣。 ■よるべなみ… 「よるべな(無)み」に「寄る」「波」をかける。それらと「渚」「うち寄せ」「海人」「藻屑」が縁語。「渚」は源氏。「海人」は内大臣。「藻屑」は玉鬘。内大臣からの非難に対して「私はちゃんとやるべきことはやった。貴方が悪いのだ」と責任転嫁している歌。 ■いとわりなき御うちつけ 源氏は内大臣に対して「貴方の批判は的外れですよ」と念を押す。内大臣はまったく源氏に籠絡された形である。

朗読・解説:左大臣光永