【行幸 15】玉鬘の裳着にともなう人々の思惑

親王《みこ》たち、次々の人々残るなく集《つど》ひたまヘり。御|懸想人《けさうびと》もあまたまじりたまへれば、この大臣《おとど》かく入りおはしてほど経《ふ》るを、いかなることにか、と思ひ疑ひたまへり。かの殿の君達、中将、弁の君ばかりぞほの知りたまへりける。人知れず思ひしことを、からうも、うれしうも思ひなりたまふ。弁は、「よくぞうち出でざりける」とささめきて、「さま異《こと》なる大臣の御好みどもなめり。中宮の御たぐひにしたてたまはむとや思すらむ」など、おのおの言ふよしを聞きたまへど、「なほ、しばしは御心づかひしたまうて、世に譏《そし》りなきさまにもてなさせたまへ。何ごとも、心やすきほどの人こそ、乱りがはしう、ともかくもはベベかめれ。こなたをもそなたをも、さまざま人の聞こえなやまさむ、ただならむよりはあぢきなきを、なだらかに、やうやう人目をも馴らすなむ、よきことにははべるべき」と申したまへば、「ただ御もてなしになん従ひはべるべき。かうまで御覧ぜられ、あり難き御はぐくみに隠ろへはべりけるも、前《さき》の世の契りおろかならじ」と申したまふ。御贈物などさらにもいはず、すべて引出物《ひきいでもの》、禄《ろく》ども、品々《しなじな》につけて例あること限りあれど、また事加へ、ニ《に》なくせさせたまへり。大宮の御悩みにことつけたまうしなごりもあれば、ことごとしき御遊びなどはなし。

「兵部卿宮、「今はことつけやりたまふべき滞《とどこほ》りもなきを」と、おりたち聞こえたまへど、「内裏《うち》より御気色あることかへさひ奏し、またまた仰せ言に従ひてなむ、他《こと》ざまのことはともかくも思ひ定むべき」とぞ聞こえさせたまひける。

父大臣は、ほのかなりしさまを、いかでさやかにまた見む、なまかたほなること見えたまはば、かうまでことごとしうもてなし思さじなど、なかなか心もとなう恋しう思ひきこえたまふ。今ぞ、かの御夢も、まことに思しあはせける。女御ばかりには、さだかなる事のさまを聞こえたまうけり。

現代語訳

親王、それ以下の人々が、残るところなくお集まりになっていらっしゃる。姫君(玉鬘)に懸想していらっしゃる人々も多くまじっていらしたので、この内大臣がこうして御簾の内に長く入っていらっしゃるうちに、どうしたことかと、いぶかしがり、疑っていらっしゃる。

内大臣の君達である、中将(柏木)と弁の君だけが、少しは事情を知っていらした。人知れず姫君(玉鬘)を思っていたことを、辛くも、うれしくも思うようになっていらした。弁は、「よくぞ思いを打ち明けずにとどまったものだ」とつぶやいて、「両大臣の変わった御好みであるようだ。中宮のようにお仕込みになるおつもりだろうか」など、めいめい言っていることを、源氏の大臣はお聞きになるが、(源氏)「やはり、しばらくは御心づかいをなさって、世間の批判をあびないようにご処置ください。何ごとも、気楽な身分の者なら、乱れたようなことをしても、どうということもないでしょう。しかし私も貴方も、あれこれ人が取りざたするのが、ふつうの身分の者よりつまらない結果を招くのですから、ゆっくりと、じょじょに人目を馴らしていくのが、よいことございましょう」と申し上げなさると、(内大臣)「ただご采配に従いましょう。こうまで娘を世話してくださり、めったにない御養育で、私のほうが苦労せずにすみましたのも、前世の契りが浅くないのでしょう」と申し上げなさる。内大臣への御贈り物などは言うまでもなそれに加えて、世に二つとないもてなしをなさるったのだ。大宮のご病気にかこつけたことでもあるので、仰々しい管弦の遊びなどはなかった。

兵部卿宮が、「今はお断りの理由となるような何の支障もないでしょうから」と、折り入って申し上げなさるが、(源氏)「帝から姫君入内のご内意があった時にいったんご辞退申し上げて、ふたたびの仰せ言に従いましょう。そのほかのことは、その後で何とでも決めようと存じます」と申し上げなさるのだった。

父内大臣は、ほんの少し見た娘(玉鬘)の姿を、どうにかしてはっきりと、もう一度見ようと、やはり娘に不足な点がお見えになるのなら、源氏の大臣はここまで仰々しくおもてなしになることはなかろうと、以前よりもかえって気がかりで恋しく思い申し上げておいでになる。今こそ、例の御夢も、本当だったのだとお思い合わせになられる。女御(弘徽殿女御)にだけは、はっきりと事情をお話申し上げなさるのだった。

語句

■いかなることにか 内大臣が御簾の中に長くいるのは、結婚のことを相談しているのだろうと想像し、いたたまられない。 ■ほの知りたまへり 玉鬘が内大臣の実の娘であることを。 ■弁は 弁はこれまで玉鬘への気持を表に出したことがない。柏木は恋文を贈っていた(【胡蝶 04】)。 ■大臣の御好みども 「ども」とあるのでこの「大臣」は太政大臣(源氏)と内大臣。 ■なほ、しばしは… 以下、源氏が内大臣に対して語っている。 ■はべべかめれ 「はべるべかるめれ」の音便形撥音無表記。 ■ただならむ 普通の身分の人。 ■やうやう人目をも馴らす 時間をかけて玉鬘の立ち位置を世間に知らしめるの意(急に公表すると世間の非難をあびるから)。 ■今はことつけ… 裳着がすんだ今は自分との縁談を断るべき何の支障もないでしょうの意。 ■おりたち 「下り立つ・降り立つ」はなりふりかまわず懸命に事を行う。 ■御気色あること 尚侍として出仕せよと。 ■かへさひ奏 当時は辞令が下ってもいったんは辞退し、再度辞令を受けてから受けるのが慣例だった。 ■他ざまのこと 出仕以外のこと。結婚。 ■ほのかなりしさま 裳着の儀式の御簾の内で、ほの明かりの中で玉鬘の姿をほんの少し見た。 ■なまかたほ 不完全。 ■かうまでことごとしうもてなし思さじ 源氏は玉鬘に熱を上げている。それだけ玉鬘の容姿がすぐれているのだろう、と内大臣は想像する。 ■かの御夢 行方不明の娘が誰かの養女になっていると夢占されたこと(【螢 12】)。 ■女御 内大臣の娘、弘徽殿女御。玉鬘に弘徽殿女御への出仕の話が出ているので、女御にだけは玉鬘の素性を打ち明けておく。

朗読・解説:左大臣光永