【螢 12】内大臣、行方不明の娘を探させる

内《うちの》大臣は、御子ども腹々《はらばら》いと多かるに、その生《お》ひ出でたるおぼえ人柄に従ひつつ、心にまかせたるやうなるおぼえ勢《いきほひ》にて、みななし立てたまふ。女《をむな》はあまたもおはせぬを、女御もかく思ししことのとどこほりたまひ、姫君もかく事|違《たが》ふさまにてものしたまへば、いと口惜しと思す。かの撫子《なでしこ》を忘れたまはず、もののをりにも語り出でたまひしことなれば、「いかになりにけむ。ものはかなかりける親の心にひかれて、らうたげなりし人を、行く方知らずなりにたること。すべて女子《をむなご》といはむものなん、いかにもいかにも目放つまじかりける。さかしらにわが子といひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても聞こえ出で来《こ》ば」とあはれに思しわたる。君たちにも、「もしさやうなる名のりする人あらば、耳とどめよ。心のすさびにまかせて、さるまじき事も多かりし中に、これは、いと、しかおしなべての際《きは》にも思はざりし人の、はかなきもの倦《うむ》じをして、かく少なかりけるもののくさはひ一つを失ひたることの口惜しきこと」と、常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず、うち忘れたまひけるを、人のさまざまにつけて、女子《をむなご》かしづきたまへるたぐひどもに、わが思ほすにしもかなはぬが、いと心憂く本意《ほい》なく思すなりけり。

夢見たまひて、いとよく合はする者召して合はせたまひけるに、「もし年ごろ御心に知られたまはぬ御子を、人のものになして、聞こしめし出づることや」と聞こえたりければ、「女子《をむなご》の人の子になる事はをさをさなしかし。いかなる事にかあらむ」など、このごろぞ思しのたまふべかめる。

現代語訳

内大臣は、御子たちがほうぼうの腹に多いのだが、その生まれた母方の評判や、本人の人柄にそれぞれ応じて、何事も思い通りになる大臣の名声や勢いで、みなひとかどの地位にお立てになる。姫君はそう多くもいらっしゃらないのに、女御もあのように思っていらしたことがうまくお進みにならず、姫君もあのように期待していたのと違うことになっていらっしゃるので、内大臣は、ひどく残念にお思いになる。例の撫子をお忘れにならず、なにかの折にもお話に出されたことであるので、「どうなってしまったのだろう。なんとなくはかなげな母親の心に似て、可愛らしい娘だったのに、行方知れずになってしまったことよ。すべて女子というものは、何があってもけして目を離してはならなかったのだ。小賢しく私の子だといって、みすぼらしい境遇に落ちぶれているのだろうか。とにもかくにも名乗り出て来てさえくれれば」としみじみずっと思い続けていらっしゃる。

ご子息たちにも、(内大臣)「もしそのような名乗りをする人あれば、聞き漏らさないようにしてくれ。若い頃の気まぐれにまかせて、けしからぬ事も多かった中に、これ(夕顔)は、まことに、並々の相手とは思わなかった人だったのだが、つまらない心隔てをして、姿を消してしまい、このように少ない女子の一人を失ったことの残念なことよ」と、いつも口に出しておっしゃる。

ひところはそんなでもなく、お忘れになっていらしたのだが、人さまざまに女の子を可愛がっていらっしゃる例が多い中に、よりによって自分だけお望みどおりにならないのが、ひどく残念で不本意なことにお思いになっていらしゃるのだった。

夢をごらんになって、たいそうよく当たる夢占いを召して夢合わせをなさったところ、「もしかして長年お気づきになられない御子を、誰か養女にしていることを、お聞き出しになるかもしれません」と申し上げたところ、(内大臣)「女の子が養女になる事は滅多にないだろうに。どういう事なのだろう」など、最近はお思いになったり、おっしゃったりしているようだ。

語句

■御子ども 内大臣の子は男子が十人ほど。女子が玉鬘を含んで四人。 ■女御もかく… 弘徽殿女御。源氏の推す秋好中宮に先を越されて、后になれなかった。 ■姫君もかく事違ふさまにて 内大臣は雲居雁を東宮に嫁がせようとしていたが夕霧と恋仲になった。 ■かの撫子 夕顔の遺児。玉鬘。内大臣は、弘徽殿女御と雲居雁の立后がだめになるに及び、第三の可能性として撫子のことに思い至る。 ■もののをりにも語り出でたまひし 雨夜の品定めの時(【帚木 08】)。 ■さかしらにわが子といひて 内大臣は娘がよそで自分の子であることを吹聴して、それによって自分の名誉が傷つけられることを恐れる。 ■さやうなる 「私が内大臣の娘です」ということを。 ■しかおしなべての際にも思はざりし人 「こよなきとだえおかず、さるものにしなして、長く見るやうもはべりなまし」(同上)。 ■はかなきもの倦じをして 事実は、内大臣の正妻の実家(右大臣家)からの圧迫を受けて。内大臣は都合の悪いことは隠す。 ■もののくさはひ 権力を得るための手立て。女子のこと。 ■中ごろなどはさしもあらず 娘を探す動機が愛情からではなく利己的な理由であることを示す。 ■人のさまざまにつけて その筆頭に源氏が想定されている。 ■わが思ほすにしもかなはぬ 弘徽殿女御の立后と雲居雁の東宮入内が失敗したこと。 ■夢見たまひて 夢に人が出てくることは、その人が自分を思っていることであり、また相手も自分を夢に見ていると信じられていた。 ■合はする 夢合せ。夢の吉凶を占う(【若紫 14】)。 ■聞こしめし出づることや 内大臣と玉鬘の再会を読者に示唆。 ■女子の人の子になる事はをさをさなしかし 養女は当時珍しかったらしい。

朗読・解説:左大臣光永

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