【藤袴 07】九月、玉鬘に求婚者たちから文集まる 兵部卿宮に返歌

原文

九月にもなりぬ。初霜結ぼほれ、艶《えん》なる朝《あした》に、例の、とりどりなる御|後見《うしろみ》どもの引きそばみつつ持て参る御文どもを、見たまふこともなくて、読みきこゆるばかりを聞きたまふ。大将殿のには、「なほ頼み来《こ》しも過ぎゆく空のけしきこそ、心づくしに、

数ならばいとひもせまし長月《ながつき》に命をかくるほどぞはかなき」

月たたば、とある定めを、いとよく聞きたまふなめり。

兵部卿宮は、「言ふかひなき世は、聞こえむ方なきを、

朝日さすひかりを見ても玉笹《たまざさ》の葉分《はわけ》の霜を消《け》たずもあらなむ

思しだに知らば、慰む方もありぬべくなん」とて、いとかしけたる下折《したを》れの霜も落さず持《も》て参れる、御使さへぞうちあひたるや。

式部卿宮の左兵衛督は、殿の上《うへ》の御|兄弟《はらから》ぞかし。親しく参りなどしたまふ君なれば、おのづからいとよくものの案内《あない》も聞きて、いみじくぞ思ひわびける。いと多く恨みつづけて、

忘れなむと思ふもものの悲しきをいかさまにしていかさまにせむ

紙の色、墨つき、しめたる匂ひもさまざまなるを、人々もみな、「思し絶えぬべかめるこそ、さうざうしけれ」など言ふ。

宮の御返りをぞ、いかが思すらむ、ただいささかにて、

心もて光にむかふあふひだに朝おく霜をおのれやは消《け》つ

とほのかなるを、いとめづらしと見たまふに、みづからはあはれを知りぬべき御気色にかけたまへれば、露ばかりなれど、いとうれしかりけり。かやうに、何となけれど、さまざまなる人々の、御わびごとも多かり。

女の御心ばへは、この君をなんもとにすべきと、大臣たち定めきこえたまひけりとや。

現代語訳

九月にもなった。初霜がおりて、風情のある朝に、例によって、それぞれの求婚者のなかだちをする女房たちがひき隠しては持って参るお手紙の数々を、姫君(玉鬘)はご覧になることもなく、めいめいがお読み申し上げるのだけをお聞きになる。大将殿(髭黒大将)のには、「九月中はまだ貴女はご出仕なさらないことを頼みにして来ましたが、それでもやはり、移りゆく空のけしきを見ていると、いたたまれない気持になりまして、

(髭黒大将)数ならば……

(貴女への想いが並たいていの者であれば、この最後の月を厭わしくも思ったでしょう。しかし私ほど想いが強いと、かえってこの九月に命をかけるほど頼みにしてしまうのが、はかないことです)

月が改まったらご出仕なさると決まっていることを、たいそうよくお聞きになっていらっしゃるようだ。

兵部卿宮は、「もう言っても仕方のないことですから、申し上げようもございませんが、

(兵部卿宮)朝日さす……

(朝日がさす光…帝の御威光をご覧になっても、笹の葉を分ける霜のような、取るに足らない私のことをお忘れにならないでください)

せめて貴女が私のこの気持を知ってくだされば、慰められようもございましょう」といって、たいそうしなった下折れの笹の葉の、霜も落とさずに持って参ったのは、御使までも兵部卿宮のなさりように似合っていることよ。

式部卿宮のご子息である左兵衛督は、殿の上(紫の上)のご兄弟である。親しく六条院に参りなどなさる君であるので、自然と、とてもよく事情も聞いていて、たいそう残念がっているのだった。まことに多く恨みつづけて、

(左兵衛督)忘れなむと……

(忘れようと思っても悲しいこの気持ちを、どうやって、どうすればよいのか)

紙の色、墨の付き具合、焚き染めた香のにおいもさまざまであるのを、女房たちもみな、「これらの人々も姫君が出仕すると思いを絶やしておしまいになるのでしょうか、さびしくなりますわ」などと言う。

姫君は、兵部卿宮へのご返事だけを、どう思ったのだろうか、ただほんの少しだけ、

(玉鬘)心もて……

(みずからの意志で太陽に向かう向日葵でさえ、朝おりている霜をみずから消すことがあるでしょうか。ありません。そんなふうに私は自ら望んで出仕するわけではないので、貴方への気持ちを絶やすことはありません)

と少し書いてあるのを、宮は、たいへん珍しいとご覧になって、姫君ご自分が宮のご情愛をご存知であるようなご様子を匂わせていらっしゃるので、ほんの些細なことではあったが、宮はとてもうれしかったのだ。

このように、何ということはないが、姫君の出仕に際して、さまざまな人々の、お恨み言が多かったのだ。

女のお心の持ちようは、この君(玉鬘)を手本にすべきだと、両大臣(源氏と内大臣)が評定なさったことであったとか。

語句

■九月 秋の末の月。玉鬘の出仕は来月。 ■例の 例によって玉鬘はもてもてである。 ■御後見ども 求婚者たちの仲立ちをする女房。 ■頼み来しも 玉鬘の出仕は残念だが、それでも九月中はまだ出仕しない。そのことを頼みにしてきたの意。 ■数ならば… 並々の想いの者であれば、最後の月であるこの九月に絶望するでしょう。しかし私ほど想いが強いと、かえってこの一ヶ月間はまだ貴女が出仕せず身近に接することができることに期待をかけてしまうのですと。世人との比較で、いかに自分の想いが強いかをうったえた。 ■いとよく聞きたまふなめり 柏木から情報を得ている。 ■朝日さす… 「朝日さすひかり」が帝、「玉笹」が玉鬘、「霜」が兵部卿宮。参考「いづこにか、駒を繋がむ、朝日子が、さすや岡辺の、玉笹の上に、玉笹の上に」(神楽歌・日霊女歌《ひるめのうた》)、「玉笹の葉分けにおける白露のいま幾代経むわれならなくに」(古今六帖六)。 ■かしけたる 「かしく」は力なくしなる。 ■御使さへぞうちあへたるや 兵部卿宮はこれまでも情緒を解する人物として語られてきた。霜を落とさずに持参する使者のふるまいまでも、いかにも兵部卿宮にふさわしいというのである。 ■式部卿宮の左兵衛督 初出。玉鬘への求婚者の一人。紫の上の腹違いの兄。 ■忘れなむと… 「忘るれどかく忘るれど忘られずいかさまにしていかさまにせむ」(藤原義孝集、清慎公集)による。 ■さうざうしけれ 懸想人との華やかなやり取りが途絶えてしまうことを女房たちは惜しむ。 ■いかが思すらむ ここまで玉鬘は「見たまふこともなくて」というほど懸想人たちに冷淡であった。それが兵部卿宮にだけは返事を送ったことの意外性。 ■心もて… 「あふひ」は向日葵。日光にみずから望んで向かっていく向日葵でさえ、朝置く霜を消しはしない。まして私は自分から望んで出仕するのでもないのだから(なおさら貴方を忘れません)の意。 ■露ばかりなれど 歌の「霜」の縁で「露」が出る。 ■女の御心ばへ 多くの求婚者に言い寄られながら悪評を立てられず、円満に出仕しようとする玉鬘は『源氏物語』の女性たちの中でもとくに称賛に値するものといえるが、この直後に意外な運命に見舞われる。

朗読・解説:左大臣光永