【真木柱 06】式部卿宮、娘の髭黒の北の方のことを心配する 北の方、病む

式部卿宮聞こしめして、「今は、しか今めかしき人を渡してもてかしづかん片隅に、人わろくて添ひものしたまはむも、人聞きやさしかるべし。おのがあらむこなたは、いと人わらへなるさまに従ひなびかでも、ものしたまひなん」とのたまひて、宮の東《ひむがし》の対を払ひしつらひて、渡したてまつらんと思しのたまふを、親の御あたりといひながら、今は限りの身にて、たち返り見えたてまつらむこと、と思ひ乱れたまふに、いとど御心地もあやまりて、うちはへ臥《ふ》しわづらひたまる。本性《ほんじやう》はいと静かに心よく、児《こ》めきたまへる人の、時々心あやまりして、人にうとまれぬべきことなん、うちまじりたまひける。

現代語訳

式部卿宮がこれをお聞きになって、「今は、そのような華やかな人(玉鬘)を迎えて大事にしている片隅で、世間体悪く寄り添っていらっしゃるのも、人の手前恥ずかしいことであろう。私が生きている間は、そんな人の笑い草になってまで夫の言いなりにならなくても、なんとかお暮らしになれよう」とおっしゃって、宮邸の東の対を片付け調えて、北の方をお移し申し上げようと考えて、そうおっしゃるのだが、北の方は、「親のおそばとはいえ、今は結婚して人妻となった身で、実家にもどって両親と顔合わせ申すことは、どんなものだろう」と、思い悩んで、たいそうご気分も悪くなって、そのままずっと横になってわずらっていらっしゃる。この北の方は、たいそうお人柄も静かで気立てがよく、子供のようでいらっしゃる人だが、時々気がふれて、人に嫌がられるようなことが、しばしばでいらっしゃった。

語句

■やさしかるべし 「痩さし」は、痩せてしまうほど恥ずかしいの意。 ■おのがあらむこなた 自分が存命のうちは。 ■渡したてまつらん 北の方を実家で引き取ろうとする。 ■今は限りの身 結婚して人妻となった身。 ■立ち返り見えたてまつらむこと 「見えたてまつる」の目的語が不明瞭。いちおう実家の両親と取ったが、髭黒とも取れる。 ■

朗読・解説:左大臣光永