【梅枝 08】源氏と兵部卿宮、草子を見せあい、批評しあう

やがて御覧ずれば、すぐれてしもあらぬ御手を、ただ片かどに、いという筆|澄《す》みたるけしきありて、書きなしたまへり。歌ことさらめき、側《そば》みたる古言《ふるごと》どもを選《え》りて、ただ三行《みくだり》ばかりに、文字《もじ》少なに好ましくぞ書きたまへる。大臣御覧じ驚きぬ。「かうまでは思ひたまへずこそありつれ。さらに筆投げ棄《す》てつべしや」とねたがりたまふ。「かかる御中に面《おも》なく下《くだ》す筆のほど、さりともとなん思うたまふる」など戯《たはぶ》れたまふ。

書きたまへる草子《さうし》どもも、隠したまふべきならねば、取《と》う出たまひて、かたみに御覧ず。唐《から》の紙のいとすくみたるに、草《さう》書きたまへる、すぐれてめでたしと見たまふに、高麗《こま》の紙の膚《はだ》こまかに和《なご》うなつかしきが、色などは華やかならで、なまめきたるに、おほどかなる女手《をむなで》の、うるはしう心とどめて書きたまへる、たとふべき方なし。見たまふ人の涙さへ水茎《みずくき》に流れそふ心地して、飽《あ》く世あるまじきに、またここの紙屋《かむや》の色紙の色あひはなやかなるに、乱れたる草の歌を、筆にまかせて乱れ書きたまへる、見どころ限りなし。しどろもどろに愛敬《あいぎやう》づき、見まほしければ、さらに残りどもに目も見やりたまはず。

左衛門督は、ことごとしうかしこげなる筋をのみ好みて書きたれど、筆のおきて澄まぬ心地して、いたはり加へたるけしきなり。歌なども、ことさらめきて選《え》り書きたり。

女の御《おほむ》は、まほにも取り出でたまはず。斎院のなどは、まして取《と》う出たまはざりけり。

葦手《あしで》の草子どもぞ、心々にはかなうをかしき。宰相《さいしやうの》中将のは、水の勢《いきほひ》ゆたかに書きなし、そそけたる葦の生ひざまなど、難波《なには》の浦に通ひて、こなたかなたいきまじりて、いたう澄みたるところあり。またいといまめかしうひきかへて、文字様《もじやう》、石などのたたずまひ、好み書きたまへる枚《ひら》もあめり。「目も及ばず。これは暇《いとま》いりぬべき物かな」と興《きよう》じめでたまふ。何ごとももの好みし、艶《えん》がりおはする親王《みこ》にて、いといみじうめできこえたまふ。

現代語訳

さっそく大臣(源氏)は、兵部卿宮ご持参の草子を御覧になると、そうすぐれているわけでもないご手跡であるが、ただこれが宮の才能であるのだが、筆運びにすっきりした様子があって、書きこなしておられる。歌も平凡なものではなく、好みに偏りがある数々の古歌を選んで、ただ三行だけに、漢字は少なめに、まことに好ましくお書きになっていらっしゃる。大臣(源氏)は御覧になって驚かれた。(源氏)「こうまでとは思いませんでしたな。まったく筆を投げ捨ててしまいたくなりますよ」とお悔しがりになられる。(兵部卿宮)「こうした大層な御方々の御中に、臆面もなく筆をおろすのですから、その筆具合は、いくらなんでも悪いものではないと存じます」など、御冗談をおっしゃる。

大臣は、お書きになっていらした数々の草子も、お隠しになれそうもないので、お取り出しになって、宮とお互いに御覧になられる。唐の紙のたいそう固いのに草仮名をお書きになっていらっしゃるのが、見事にすばらしいと、宮が御覧になると、また高麗の紙の、紙質がこまやかで柔らかく好ましいのが、色などは派手ではなく、優美な紙に、おおらかな女文字で、きちんと心を入れてお書きなっていらっしゃるのは、たとえようもなくすばらしい。

これを御覧になる宮の涙までも、筆の跡に沿って流れるような心地がして、いつまで見ていても飽きないのだが、また国産の紙屋の色紙の、色あいがはなやかなのに、乱れ書いている草仮名の歌を、筆にまかせて乱れ書いていらっしゃるのも、どこまでも見事である。自由自在に散らし書きして情をこめてあるので、いつまでも見ていたいと思われ、宮は、大臣の書いた以外の草子には、まったく目もおやりにならない。

左衛門督は仰々しく才気立ったものばかりを好んでお書きになっているが、筆の運び方が垢抜けない感じがして、それを隠そうとしているようすが見える。歌なども、選び方にわざとらしさがあって、そういう歌を選んで書いてある。

女の御草子は、まともに取り出してお見せにもならない。斎院(朝顔)のなどは、なおさらお取り出しにならないのだった。

葦手書きのいくつかの草子は、それぞれの思いをこめて書いてあり、何ということもないが、おもしろ味がある。宰相中将(夕霧)のは、水の勢いをゆたかに書いてあり、ほつれ乱れた葦の生え方などが、難波の浦が想像され、こちらとあちらが行き混じって、まことに澄んだものが感じられる。

またたいそういかめしく書き方を変えて、文字の書きよう、石などのたたずまいを、好ましく書いていらっしゃる紙面もあるようだ。

(螢兵部卿宮)「とても見尽くすことができません。これはじっくり見るには時間がかかりますね」と、面白がってお褒めになる。兵部卿宮は、何事も物好みして、風流がっていらっしゃる親王であるので、まことに、たいそうお褒め申し上げなさる。

語句

■ただ片かどに 以下「いといたう筆澄みたる」が兵部卿宮の才能だと。 ■側みたる ことさら風流めいて選んだもの。好みに偏りがあるようす。兵部卿宮は風流人なので、そうそう一般の人が選ぶような有名どころの歌は選ばないのである。 ■文字少なに 漢字を少なく。ほとんど仮名で。 ■筆投げ棄てつべしや 兵部卿宮のすばらしい書をみては自分などが書く意欲が失せたの意。おおげさな褒め言葉。 ■さりとも 良いとは言わないまでも、悪いというほどではなの意。 ■すくみたる 「すくむ」は縮み上がる。ここでは紙質が固いこと。 ■草 草仮名。万葉仮名を草書体に崩したもの。 ■膚こまかに 紙質がこまやかであること。 ■水茎 筆・筆跡。 ■紙屋の色紙 「紙屋」は官立の製糸工場。そこで作られる紙。多くは再生紙で薄墨色。和歌などはふつう書かない。 ■色あひ 色と色との調和具合。 ■乱れたる草の歌 草仮名の歌の乱れ書き。 ■しどろもどろに 心に思うままに自由自在に。 ■残りども 源氏以外の方々が書いた草子ども。 ■左衛門督 この巻にだけ登場。 ■水の勢ゆたかに 絵に描いた水に勢いがあるようす。 ■そそけたる 「そそく」はほつれ乱れる。 ■難波の浦 歌では「難波」といえば「葦」。「難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや」(小倉百人一首十九番 伊勢)。「難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき」(同八十八番 皇嘉門院別当)。 ■こなたかなた 絵の中の葦と実際の難波の葦との意か。もしくは画中の近景と遠景のことか。 ■目も及ばず あまりに素晴らしくてすべてを目で追って見ることができないの意。常套句。 ■暇いりぬべき 時間がかかるの意だが、草子を作るのにか、鑑賞するのにか、不明瞭。

朗読・解説:左大臣光永