【夕霧 17】雲居雁の不安 夕霧と雲居雁の歌の贈答

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女君、なほこの御仲のけしきを、「いかなるにかありけむ。御息所《みやすどころ》とこそ文|通《かよ》はしもこまやかにしたまふめりしか」など思ひえ難くて、夕暮《ゆふぐれ》の空をながめ入りて臥《ふ》したまへるところに、若君して奉れたまへる、はかなき紙の端《はし》に、

「あはれをもいかに知りてかなぐさめむあるや恋しき亡《な》きやかなしき

おぼつかなきこそ心憂けれ」とあれば、ほほ笑《ゑ》みて、「さまざまもかく思ひよりてのたまふ。似げなの亡きがよそへや」と思す。いととく、ことなしびに、

「いづれとか分きてながめん消えかへる露も草葉の上と見ぬ世を

おほかたにこそ悲しけれ」と書いたまへり。なほかく隔てたまへることと、露のあはれをばさしおきて、ただならず嘆きつつおはす。

現代語訳

女君(雲居雁)は、やはりこのご関係のありようを、「どういうことなのだろう。御息所とは文をまめに通わせあっていらしたようだけど」など、なかなか事情がわからなくて、男君(夕霧)が夕暮の空をながめて横になっていらっしゃるところに、若君をお使いに手紙を差し上げられる、その何ということもない紙の端に、

(雲居雁)「あはれをも……

(しみじみとした深い事情を、どうやって知って貴方をお慰めしましょう。生きていらっしゃる御方が恋しいのでしょうか。それとも亡くなった御方のことが悲しいのですか)

はっきりわからないので心配です」とあるので、男君は微笑んで、「さまざまにこう気を回して、うるさくおっしゃる。亡き御息所と私の関係を疑うなど、見当違いなこと」とお思いになる。何でもないふりをして、

(夕霧)「いづれとか……

(「亡き人と生きている人とどちらがどちらと分けて考えることもできません。露がおりたと思うとすぐに消えてしまう、それは草葉の上のことだけに限らず、人の世もそんなものですから)

一体に世の中全体が悲しく思われるのです」とお書きになる。女君は、やはりこうして隔て心を置いていらっしゃることだと、「露の世の悲しみ」はともかくとして、並々でなく悲しんでいらっしゃる。

語句

■この御仲 夕霧と落葉の宮の関係。 ■御息所とこそ 雲居雁は、夕霧が執心しているのが落葉の宮か御息所かまだわからない。 ■若君 夕霧と雲居雁との間に生まれた子。 ■あはれをも… 「ある」は落葉の宮。「亡き」は御息所。 ■似げなの亡きがよそへ 雲居雁は自分と御息所の関係を疑っているが見当違いもはなはだしいと、夕霧は一笑に付す。 ■ことなしびに ことなし顔に。なんでもないふうに。 ■いづれとか… 「いづれとか」は雲居雁の歌の「あるや恋しき亡きやかなしき」を受ける。参考「露を見て草葉の上と思ひしは時まつほどの命なりけり」(和泉式部集)。 ■おほかたにこそ悲しけれ 一般論ではぐらかす。 ■露のあはれ 夕霧の歌を受けて。

朗読・解説:左大臣光永

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