【夕霧 24】朱雀院、落葉の宮の出家の望みを諫める

宮は、かくて住みはてなんと思したつことありけれど、院に人の漏らし奏しければ、「いとあるまじきことなり。げに、あまたとざまかうざまに身をもてなしたまふべきことにもあらねど、後見《うしろみ》なき人なむ、なかなかさるさまにてあるまじき名を立ち、罪得がましき時、この世|後《のち》の世、中空《なかぞら》にもどかしき咎負《とがお》ふわざなる。ここにかく世を棄《す》てたるに、三の宮の同じごと身をやつしたまへる、末《すゑ》なきやうに人の思ひ言ふも、棄てたる身には思ひ悩むべきにはあらねど、必ず、さしも、やうのこととあらそひたまはむもうたてあるべし。世のうきにつけて厭《いと》ふはなかなか人わろきわざなり。心と思ひとる方ありて、いますこし思ひしづめ心澄ましてこそともかうも」とたびたび聞こえたまうけり。この浮きたる御名をぞ聞こしめしたるべき。さやうの事の思はずなるにつけて倦《う》じたまへる、と言はれたまはんことを思すなりけり。さりとて、また、あらはれてものしたまはむもあはあはしう心づきなきことと思しながら、恥づかしと思さむもいとほしきを、何かは我さへ聞きあつかはむ、と思してなむ、この筋はかけても聞こえたまはざりける。

現代語訳

宮(落葉の宮)は、このまま山里に最期まで住みたいとご決心されることがあったが、院(朱雀院)に人が漏らして奏上したので、(朱雀院)「まことにとんでもないことです。たしかに、重ねて、あれやこれやと人に身の上をおゆだねになるべきではありませんが、後身のない人が、なまじ尼になって、かえってけしからぬ噂を立てられて、罪を作るような時は、この世でも後の世でも、どっちにおいても中途半端になって非難されても仕方のない罪を負うことです。私がこうして世捨て人になっている上、三宮が同じように尼姿に身をやつしていらっしゃるのを、子孫ができないように人が思い、またそう言うのも、俗世を棄てた身には思い悩むようなことではないけれど、必ずしも、貴女までがそうやって、同じように競うようにして出家なさるのも情けないことでしょう。世の中の辛さに嫌気がさして出家するのはかえって人聞きが悪いことです。心底ご決意なさるまで、もう少し落ち着いて心を澄ましてから、どうとでもなされたらよかろう」とたびたびご連絡申し上げられた。院(朱雀院)は、宮(落葉の宮)の浮ついた噂をお耳にされたにちがいない。そのような事がうまくいかなくなったので、それで世の中が嫌になられたのだ、と宮が世間から噂されなさることを、院はご心配されるのであった。そうはいっても、公然と夫婦におなりになるのも、軽率で好ましくないとお思いにもなるものの、あれこれ言えば宮が気後れなさることも気の毒なので、どうして私がそんな噂を聞いてどうこうすることがあろうとお思いになって、この件は話にもお出しにならないのだった。

語句

■かくて住みはてなん 洛中にはもどらず一生を小野の里で過ごそうと。すなわち尼になろうと。 ■とざまかうざまに 柏木の夫となりながら夫の死後は夕霧と一緒になることをいう。 ■あるまじき名 落葉の宮と夕霧の浮名。 ■罪得がましき時 尼の身で愛欲の罪を作ること。 ■中空に 現世でも後世でも救われない宙ぶらりんな状態。 ■もどかしき 「もどかし」は非難すべきさまであること。 ■必ず 「必ずしも」の意。 ■やうのこと 同様のこと。 ■世のうきにつけて… 夕霧が言い寄っている期間に出家するのはかえって世間から悪い噂を立てられるの意をふくむ。 ■心と思ひとる方ありて 新底納得してから。朱雀院は落葉の宮の出家の決意は一時的なもので底が浅いと思っている。 ■この浮きたる御名 落葉の宮と夕霧の関係についての噂。 ■あらはれてものしたまはむも… 朱雀院が夕霧と落葉の宮を認めたということになれば落葉の宮が気まずい思いをするだろうから、結局、朱雀院の立場としては何もないふりをするしかないのである。 ■この筋 落葉の宮と夕霧の関係。

朗読・解説:左大臣光永