【夕霧 25】夕霧、落葉の宮を一条宮に迎える準備をする

大将も、「とかく言ひなしつるも今はあいなし。かの御心にゆるしたまはむことは難《かた》げなめり。御息所の心知りなりけり、と人には知らせん。いかがはせむ。亡《な》き人にすこし浅き咎《とが》は思はせて、いつありそめし事ぞともなく紛らはしてん。さらがへりて懸想《けさう》だち涙を尽くしかかづらはむも、いとうひうひしかるべし」と思ひえたまうて、一条に渡りたまふべき日、その日ばかりと定めて、大和守召して、あるべき作法《さはふ》のたまひ、宮の内|払《はら》ひしつらひ、さこそいへども女どちは草しげう住みなしたまへりしを、磨《みが》きたるやうにしつらひなして、御心づかひなど、あるべき作法めでたう、壁代《かべしろ》、御|屏風《びやうぶ》、御|几帳《きちやう》、御座《おまし》などまで思しよりつつ、大和守にのたまひて、かの家にぞ急ぎ仕うまつらせたまふ。

現代語訳

大将(夕霧)も、「これまであれこれ口説いてきたのも、もはや無駄なことだ。あの宮(落葉の宮)のお気持ちとして、私をお受け入れになることは難しかろう。この結婚は御息所が生前お許しになっていたことである、と人には知らせよう。他にどうしようもないのだ。亡き人(御息所)に、この結婚を許可するというちょっとした過失があったように世間の人には思わせて、いつそうなったという事でもなく、なあなあにして事を進めてしまおう。今さら若返って、懸想めいた態度を取って涙を尽くして女を追い回すというのも、まったく初々しさがすぎるというものだろう」とお決めになって、宮が一条宮においでになるべき日を、この日以外にないと定めて、大和守を召して、宮を迎え入れるにあたっての作法をご指示なさり、宮の内を掃除し整備して、御息所が手入れしていらしたとはいっても女房たちは草がしげった中で住むことに馴れていらしたのを、磨いたように整備して、その御心遣いなどは大変なもので、宮を迎える際に行うべき作法を立派に準備して、壁代、御屏風、御几帳、御座などまで御気をお配りになりつつ、大和守に仰せになって、大和守の家で、急いで支度をおさせになる。

語句

■御息所の心知りなりけり 二人の関係は御息所が認めていたことだとする。御息所の手紙にあった「女郎花…」(【夕霧 08】)の歌を証拠としようと、夕霧は以前から考えていた(【夕霧 18】)。 ■亡き人にすこし浅き咎は… 亡き御息所が夕霧と落葉の宮を認めるという軽率な過失をおかしたという世間からの非難を負わせて、そのはざまで、自分は落葉の宮を手に入れようというのである。 ■さらがへりて… 今更色めいた通いなどをして口説くのも不都合なので、御息所の文を根拠に一気に落葉の宮を手に入れてしまおうというのである。 ■一条 一条宮。落葉の宮の本邸。 ■その日ばかりと 移転する日は吉日を選ぶ。 ■御心づかひなど 下に「大変なもので」といった意味のことを補い読む。 ■御座 落葉の宮がお座りになるところの畳や敷物。 ■かの家 大和守の家。

朗読・解説:左大臣光永